ひぐらしの記 モチベーション 人間社会には、モチベーション(意欲、意識)の有無あるいは高低という言葉が根づいている。人間が万物の霊長と崇められるのは、生きとし生きるもの中にあって、とりわけ精神や知能を働かすゆえであろう。もちろん、当たるも八卦、当たらぬも八卦の、わが下種... ひぐらしの記前田静良
ひぐらしの記 苛まれ続けるわが心境 簡易な日本語を用いているにすぎないけれど、凡愚の私にとって書くことは、ほとほと心労きわまりない作業である。そのため、目覚めれば私は、心労の恐怖に怯(おび)えて、もう書きたくない思いに苛(さいな)まれている。一方で私は、この恐怖に負けて書くこ... ひぐらしの記前田静良
ひぐらしの記 またもや、寝起きの「戯言(ざれごと)」 五月十三日(木曜日)、小ぶりの雨が降っている。早や、梅雨入りかな? と、思える夜明けの空である。おのずから鬱陶しい気分がいや増している。いや増す土台は言わずと知れた、新型コロナウイルスがもたらしている現下の日本社会の世相である。すなわち日本... ひぐらしの記前田静良
ひぐらしの記 戦いと闘い きょう・五月十二日(水曜日)から月末日(三十一日・月曜日)まで、新たな新型コロナウイルスとの闘いが始まる。この間には、予約済のわが一回目のワクチン接種が挟まっている(五月二十日・木曜日)。 わが家とわが日常生活は、妻の腰の損傷以来、突然一... ひぐらしの記前田静良
ひぐらしの記 反芻(はんすう) 五月十日(月曜日)、久しぶりに目覚めが早く、のんびりと電子辞書を開いて、反芻(はんすう)という語句の復習を試みた。実際には今さら復習するまでもない、子どもの頃より見聞きして、知り過ぎている語句である。 『反芻』①一度のみこんだ食べ物を再び... ひぐらしの記前田静良
ひぐらしの記 緊急事態宣言等、延長決定 窓ガラスを開いて道路を見遣れば、のっぺりと黒ずんでいる。就寝中にあっては気づかなかったけれど、夜間に小雨が降っていた。ところが夜来の雨はすっかり上がり、五月八日(土曜日)、明るい陽射しの夜明けが訪れている。時刻はいまだ夜明けの頃(六時あたり... ひぐらしの記前田静良
ひぐらしの記 薄らぎゆく、会話の愉しみ 人様と出会い言葉を交わし合うこと、すなわち「会話」は、人間の楽しみの最上位に位置している。とりわけ、普段から気心が知れて親しい人との出会いと会話は、まぎれもなく互いの人生に生き甲斐をもたらし、文字どおり滑らかな潤滑油ともなる。 出会いの席... ひぐらしの記前田静良
ひぐらしの記 雨の夜明け 五月六日(木曜日)、大型連休中にあってはまるで、遠慮していたかのように、雨の夜明けが訪れている。きょうは「昭和の日」(四月二十九日・木曜日)を含めて、五月へ月替わり通して四日、すなわち「憲法記念日」(五月三日・月曜日)、「みどりの日」(五月... ひぐらしの記前田静良
ひぐらしの記 「こどもの日・立夏」 五月五日(こどもの日・水曜日、立夏)、宮仕えの人たちが気兼ねなく休める、大型連休の最終日の夜明けが訪れている。現下の日本社会にあっては、新型コロナウイルスのせいで、外出や行動の自粛を強いられて、さらに週末の日曜日(五月九日)まで、自制の休暇... ひぐらしの記前田静良
ひぐらしの記 世代交代 「みどりの日」(五月四日・火曜日)の夜明けにあっては、のどかに明るい陽射しがふりそそいでいる。書きたい文章のネタなく、私は仕方なく実の無いいたずら書き始めている。 さて、ありふれた簡単明瞭な言葉であっても、それぞれには重たい意味を含んでい... ひぐらしの記前田静良