掲示板

坂本弘司撮影

冬来たりなば春遠からじ

 毎日寒い日が続いていますが、掲示板のしだれ梅はもう春ですね。

大沢先生へメッセージです

ぼくは、ハトとカラスの被害に遭いました。
ハトは、ベランダにつがいで住みつかれて、フンと羽毛の散乱に長年悩まされ続けてきました。
追い払っても時間が経つと戻ってくるのです。
隣が空室だった時でしたが、入居されてからは、自然といなくなったので良かったです。
カラスは、店で仕事をしている時で、外に客寄せのために出しているカップ麺をくちばしで咥えて、持っていってしまうのです。
そして、くちばしで容器をつついて、穴を開け、中の麺を食べてしまいます。
それから、昨年春位の事でしたが、自転車に乗っていたところ、いきなり胸に体当たりされて、ビックリ!! ノケぞるどころかエビぞってしまいました!!
連続攻撃されるのかと思って、身構えていたところ、そのまま飛び去って行ったので、本当に良かったです。
鳥類も生きるためには、手段を選ばない!! といったところでしょうか!?

自分の感覚

私にとっても鳥は姿や声を愛でて楽しむ存在であり、鳥害、ということには思いも及びませんでした。
でも、確かに電線にものすごい数の鳥が止まっていて、大声でざわめき立てていることもよくあります。
これだけの鳥がいるのであれば、害を蒙る方もいらっしゃるであろうことは想像できることだったかもしれません。
人は自分の感覚で生きているものだなあと、改めて思いました。

私の庭

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 大分以前に庭のしだれ梅の花が咲く頃に訪れていたヒヨドリが、いつの間にか訪れなくなった。隣のお宅のご主人から鳥の被害で悩まされているという話を聞いて、遅ればせながらヒヨドリの訪れに浮かれている場合でないと申し訳ない思いになった。私の家に訪れるのはいつも一羽だったので、鳥害などと思いもしなかった。
 玄関にある侘助も鳥が塒にしていることに気づいたのは、毎朝糞が落ちているからだった。伸びた枝が調度いい具合になっているのだ。
 確かにベランダに干してある洗濯物や布団に糞が落とされたらたまらない。お隣では反射鏡などつるしておられる。私のベランダの畑でも野菜を食べられたりしていたのだが、まさか訪れるヒヨドリとは結びつかなかった。今も複雑な思いを引きづっている。

もうひとつの現実

雨。
学校。
階段。
先生の声。
扉。
木。
開ける。
屋上。
アスファルト。
でこぼこ。
雨の匂い。
元不良のおじさんたち。
俺も昔は。

フランス語の曲。
元不良のおじさん。
いいな。

女性。
友達以上恋人未満。
抱きしめる。
肌のぬくもり。

女性の元恋人。
フランス。
大使館。
確認。

探す。
女性。
がん。

夢。
目覚め。
汗。
濡れたTシャツ。

もうひとつの現実を生きる。

♪大沢先生へメッセージです2♪

大沢先生、御返事の御投稿をどうもありがとうございます。
最初は、今回の投稿を止めようか、と思っていたのですが、先生から『貴重で大切なこと』という御言葉をいただいて、投稿して良かったなあーー、と思った次第ですo(^-^)o
「迷ったならば、まずは投稿せよ!!」などと勝手に教訓を作ってしまいましたが(笑)、また投稿させていただきますね(^^)

光陰矢のごとし

 月日の長さは変わっていないけれど人それぞれの生き方、感じ方で変わっていくものなのですね。カレンダーの紙の厚さも何も感じられない人もいるでしょう。高橋さんの投稿も読んだ人によって感じ方がいろいろあるでしょう。投稿してくださることが貴重です。伝えることは大切なことと思います。感謝します。

♪大沢先生へメッセージです♪

大沢先生が撮影された卓上カレンダーの右側は厚みがあり、”2026年(令和8年)の時間はたくさんある”という証明になっていると思います!!
実際は、年が明けたと思ったら、来週の日曜日からは、もう2月で、「時間はたくさんあると思ったけれど、時が経つのは超速い!!」という印象があります。
現実世界は、”超スピード社会”ですから、大沢先生のお仕事にも締め切りがあり、限られた時間内に多くの原稿を処理しなければならない状況かと推察しております。
ぼくの仕事も限られた時間内に、たくさんの事をこなさなければならない状況です。
マイペースで仕事が出来れば1番イイですけれど、現実社会では、そうはいきませんので、生き方というより、仕事のやり方になってしまいますが、”スピード感を持って仕事をこなす”という事になってしまいそうです。
ここまで書いて、大沢先生の御投稿とニュアンスが違っているようで、たいへん申し訳ございませんでしたm(_ _)mm(_ _)m

今年の長さ

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 毎年の暮れに買った卓上カレンダーをパソコンの前に置いている。務めていた頃より買っていた手帳を買わなくなって何年になるだろうか。日常の予定など書き込むのは壁に掛けているカレンダーであるが、この卓上のカレンダーはメモ用紙代わりでもある。先日ふと目の前にあるカレンの厚みに気づいて、何か新しい発見でもしたような気持ちになった。当たり前のことなのだけれど、右側の高さがまだたっぷりとあり、ゆったりとした心地に生きる勇気が湧くのを感じた。昨年の暮れに薄くなったページをめくる心細さに胸苦しささえ覚えていたのだ。目の前の現象に「もうこれしかない」と感じるのと「まだまだこんなにある」と感じるのでは、生き方も変わってくると感じられたのだった。

♪古閑さんへメッセージです♪

☆古閑さん邸☆には、掘り炬燵があるなんて素晴らしいですねーー♪♪
きっと太陽光線は、春の光でしょうね◎◎