望月窯 宗弘記念館

望月窯
MOTSUKIGAMA
宗弘記念館
SOUKOU KINENKAN

坂本宗弘が志しなかばで早逝(2005.2)したことは、家族としてはとても残念でなりません。 そこで何とか足跡の一部でも皆様に紹介することができれば、本人及び私達家族の慰めに もなると思い、この記念館を建てることにしました。やっと完成して、正式に開館する運 びになりました。

開館の御案内 (現在休館しています)
■開館日(当分の間原則として) 土・日曜日
■開館時間 午前11時~午後4時まで
■入館料 無料
■場所 茨城県古河市上片田1013-18
TEL・FAX 0280-76-5827
JR宇都宮線野木駅下車東口タクシーで10分
(小山合同タクシー 0280-55-1122)

 

望月窯 近況
やっと少しずつ手入れが出来るようになりました。
まだ開館までには至りませんが、近況報告をしていこうと思います。

2022

初夏

 六月六日から二泊三日で古河の実家に滞在した。雨模様のくずついた天気だったので、思うように草取りは出来なかったが、それでも楽しいことはたくさんあった。
 二日目の草取りの最中に、手元を何やら勢いよく走り抜けた。驚いて声をあげることも出来なかった。目で追った先に黄土色の動物の後ろ姿があった。長い耳が立っていたのでどうやら野ウサギのようだった。
 その後、妹が「お姉ちゃん、気持ち悪い物がある」と声をあげた。「なんか、柔らかくて触ると弾んでいる」と言う。
 よく見ると、蒸した大豆に似た緑がかった薄茶色の形の物が草むらに五、六粒固まって落ちていた。どうやら糞のようだ。
「ウサギの糞じゃないのかしら」
 と私が言うと、動物好きの妹が、
「お姉ちゃんが見たというウサギの巣があるんじゃないの。草が茂っていたので安心して暮らしていたのかもしれないね。かわいそうだね」
 と言った。
「草を取らなくちゃあ萱が茂って、大変なことになるから、お引っ越ししてもらうしかないね」
 と、笑い合った。
 待ち遠しかった里芋がやっと芽を出して、スイカが蔓を伸ばしていた。夏野菜のキュウリ、ナレタレタス、春菊、小松菜、モロヘイヤなどを収穫した。

 五月二十三日から二泊三日で古河に行ってきました。すっかり夏景色になっていました。ケヤキ、朴、ムクの大木が空を覆って、木陰を作っていました。樹木の下での畑仕事や草取りは、何物にも代えがたいひとときです。
 ブルーベリー、スイカ、モロヘイヤが草に混じってたくましく育っています。

 にんにく、玉ねぎ、トマト、きゅうり、なすも背が高くなりました。サツマイモはやっと根付いた感じでしたが、写真を撮るのを忘れました。

 五月九日から二泊三日で姉妹三人組が望月窯に集合しました。雨模様の天候でしたが、九日の夕方から明け方まで雨に降られましたが、農作業は滞りなくやることが出来ました。
 今回はアスパラとブロッコリーの種まきとモロヘイヤの苗を植え、トマトの被いをかけて、いつもの草取りです。
 金ランが鮮やかな黄色い花を咲かせて、ケヤキ、ムク、朴に新緑の若葉が茂り、ニセアカシアや朴の木の花の香りが漂い、ウグイスが我が物顔に鳴き続けていました。
 望月窯は今、緑一色となっています。カラスよけに買ってきた大きな風車が風を受けて勢いよく回っています。
 畑の野菜達も育っています。グリンピースの豆御飯、サニーレタス、小松菜を間引いて食べました。新鮮な野菜の恵みは最高です。

 四月二十五日より二泊三日で古河の実家へ行ってきました。コロナ感染者数が少し減少してきたので、注意深くマスクを二枚重ねて、電車に乗りました。先回から二歳違いの妹とも実家で落ち合い、何時もの三姉妹で楽しく過ごしてきました。三人寄れば文殊の知恵で、畑仕事もはかどりました。ウグイスの声がしきりとしていました。里芋、さつまいも、ショウガ、インゲン、トマト、ナス、キュウリ、ピーマンなど畑いっぱいに植えました。年を取ってから、姉妹そろって楽しい時間を過ごせるなど夢のようです。次回の約束もしました。

 四月十三日から十五日まで古河に出かけた。周辺の林が切り倒され、見渡す限りの平地が広がっている。もちろん、工事中だが、遠くの林はまだ残っているので、樹木が高く天に向かって伸びている景色は新緑の季節である。
 今まで全く気がつかなかったが、桜の木が一本あり、薄いピンクの花が満開である。思いがけず、見が出来た。背の高い朴の木の若葉が出始めている。何年か前に大きな葉に寿司飯を来るんで木の葉寿司を作ったことを懐かしく思い出した。
 去年の晩秋に蒔いた種が育って、菜の花が咲いていた。大根の葉やサニーレタスを収穫した。そして、春まきの野菜の種を凝りもせずまた蒔いた。春菊、だいこん、小松菜、サニーレタス、ニンジンなど、間引きの時期に来られると良いのだけれど。
 エンドウ豆に花が咲いていた。にんにく、玉ねぎ、らっきようも順調に育っていた。
 夏野菜が植えられるように畑の草取りをしておいた。
 水仙は今年も満開の時期を逃してしまった。畑に出ると次々に仕事が目移りして、やらねばならないことが山積みだ。それでも楽しくて浮き浮きしてしまう。ウグイスが今年もひっきりなしに鳴いていた。家の周囲の林はなくなったけれど、まだまだ遠くに残っているので、小鳥たちのすみかはかろうじて確保できているのだろう。敷地内の樹木も葉が茂る頃には小鳥たちの鳴き声が聞けるだろう。

 

 三月十日からやっと古河の実家に行くことが出来ました。今回は三泊四日でゆったり、のんびり、沈みがちで息苦しかった心を解放することが出来ました。心配していた小鳥たちが訪れて、歓迎してくれました。大きなポリバケツで飼っている金魚が暖かな日差しにつられて水面をゆったりと泳ぎ回っていました。
 フキノトウも芽を出して、積もった落ち葉の下では、クロッカスが花を咲かせていました。白梅が花開いて、南高梅はぎっしり枝に蕾がついていました。すいせん、チューリップも長い冬の寒さに耐えて、葉が伸びていました。
 畑は、去年の冬に蒔いた種、植えた苗は全滅でしたが、玉ねぎ、らっきょ、にんにくは順調でした。
 落ち葉を掃いて、樹木の枝を剪定して、仕事は山ほどありますが、自然とともに生きている感じが味わえました。
 何もかも春気分です。自宅に用事があり、帰宅しなければならなかったのですが、後ろ髪引かれる気分で帰って来ました。帰宅すると、溜まった仕事を片付けながらもう古河へ気持ちが引きずられて行きました。

2021

師走

 望月窯もすっかり冬支度で、大きなケヤキとムクとホオノキの葉がすっかり落ちて、敷地には大量の落ち葉が積もっていました。少しずつ落ち葉掃きをして篠竹や萱を取り除き、地面が凍る前に終わらせなければ年越しになってしまいます。
 今回は天気が良く、外気も温かくて、汗をかきました。周辺の林の木々が全て切り倒されて、小鳥たちの声も聞こえなくなって淋しいと思っていると、一羽の小鳥が私の気持ちを察するようにやってきて、近くの木の小枝に止まって鳴いてくれました。
 慌ててカメラを取りに行って、慣れ親しむようにあちらこちらの小枝に移りながらしばらく戯れていました。何年か前にも同じ鳴き声の小鳥がやってきて、草取りをしている私のそばまでやってきて鳴いていたのを思い出しました。
 周辺の林がなくなり、何が出来るのかわかりませんが、春になって若葉が茂るようになったら、小鳥たちが訪れてくれるかどうか気がもめるこの冬です。

冬支度

 十一月十九日から二十一日三泊四日で古河の実家を訪れた。家の周辺の林はすべて伐採されていた。見通しが良くなり、開放的になった。どうやら太陽光パネルが設置されるらしい。環境がすっかり変わってしまい、歳月の流れを感じる。いつまでもあると思うなの言葉が身にしみる。せめて敷地の自然だけは保っていようと改めて思った。
 樹木の間から透けて見える夕焼け空が燃えるように鮮やかで美しかった。十九日の夕刻には部分月食とかで、赤い月が見られると盛んにニュースになっていた。夕方六時頃に東の空を見上げると、上方が欠けて、下方がわずかに光り輝いている赤い月が見られた。やがて月は光を失ったが再び外へ出てみると、再び少しずつ光が戻って来始めていた。樹木がなくなって空が大きく広くなった。

 先回訪れた実家で植えた畑の苗たちは皆元気に育っていた。蒔いた種はびっしりと顔を出してい、この次には間引きの必要があるだろう。今回もニンニク、時なし小カブ、春取り大根の種を蒔いたが、芽が出るだろうか。温室の方にあったらっきょも植え替えた。玉ねぎの苗にも黒い穴あきマルチをかけた。ムクやケヤキの落ち葉が降り積もり、いよいよ真冬がやってくる。

落葉の季節

 コロナ禍がようやく落ち着きを見せ始めている。久々の望月窯の様子がお知らせできるようになった。畑の草を取り、冬の野菜を植えた。落ち葉を掃き、枯れ草を取り除き、大分元の姿を取り戻しつつある。紅葉も終わり、朴の木の大きな葉っぱが山のようにちり積もっているのを草溜まりに運び、穏やかな日差しの中で野良仕事をたっぷりした。心も体もリフレッシュして帰宅した。
 しかし、後ろ髪を引かれる思いである。もうまた、出かけて行きたくなる。

 

晩秋の候

 緊急事態宣言が解除になり、ようやく大手を振って古河にある実家に行けるようになりました。さっそく妹と二人で二泊三日で行ってきました。
 草ぼうぼうの敷地でこれから畑仕事も始まります。父が大切にしていた瀕死の「禅寺丸柿」が十数個実を付けました。父が亡くなってからまったく実を付けず、哀しみに沈んでいるような状態だったのですが、どうにか蘇りました。小降りの実ですが、やはりおいしいです。父を偲んで妹と二人で味わいました。
 いつものようにまた、写真を撮るのを忘れました。残念です。これからも大切に育てて行きたいと思います。

春の候

 今年になって、四月二十三日から二泊三日で月二回古河の実家に滞在した。新緑の季節になって、ウグイスが大歓迎をしてくれる。草取りをしたり、畑に種を蒔いたりとゆったりした気分で楽しんできた。
 これからは雑草の生長と草取りと追いかけっこになる。禅寺丸柿の木が元気になって、若葉を生い茂らせている。いちごも植え替えをせずにおいたら、イチゴ畑になった。ずっと花の咲かなかったボタンに見事な花が咲き、何度も眺めに行ったり来たりした。
 ホオノキに真っ白な花が咲き始めた。今年は随分早い。とにかく、自然がいっぱい。コロナ禍を忘れさせてくれる。
 ベツレヘムの星と言われているオオニソガラムの白い花も今が盛りだ。

2020

初夏の候

書かずにはおれないぼやき
 実家の古河を訪れたのは何時だっただろうか。確か、三月も終わりの頃だった。そのとき妹と「今年は畑の作業は計画通りに出来たね。やっと季節にあった作業が出来るね」と言って帰宅した。
 ところがコロナウイルス騒ぎが勃発して、またまた農作業の計画は崩れてしまった。昨年の秋の終わり頃に玉ねぎ、イチゴの苗を植え、絹さや、グリンピース、ニンジンなどの種を蒔き、ブラックベリーやブルーベリー、柿、李、桃の枝などの枝も剪定した。空いた畑は耕し、枯れ葉、米ぬか、堆肥を入れて、やがて訪れる春に備えた。今年の三月にジャガイモを植えた。そして、何よりも楽しみにしていたのはサツマイモの苗を植えることだった。そういえばアスパラガスも芽を出している頃だ。それにタラの芽だって、季節外れになってしまう。とにかく全てが崩れ去った。

2019

秋の候

お見舞い
 土曜から火曜まで古河の実家に滞在しており、今回の台風は、日曜の夜中に雨風が強かったようですが、夫や妹は風の音で目覚めたとのことだったけれど、私は気付かず眠っていた。
 翌日は台風一過とはならず、蒸し暑い一日だった。枯れ枝や葉っぱが散らばっていたが、キャベツと白菜の苗を買っていたので、そちらを植える仕事を先に済ませた。
 道路の方は着いてすぐに掃除を済ませたけれど、さすがに台風の後の散らかり様はそのまま放って帰宅する気にはなれず、掃除を済ませてから帰ることにした。
 朝から日差しが強く、滝のごとく汗を流しながらどうにか掃き掃除を済ませた。掃き終わっても黄色く色づいた葉っぱがチラホラ落ちてくる。もうすぐ落ち葉の季節がやってくることを予告しているようだ。

夏の候

次の世代に繋ぐ命
 古河の実家(望月窯)の滞在は、三泊四日に定着しつつある。今回は八月二十三日に訪れた。今はその全ての時間を敷地中に生い茂った夏草をむしることに終始している。朝の起床はほぼ六時頃である。食事を済ませ九時前には準備を終えて草むしりにかかる。十時には一休み、昼食前にまた外に出る。そして、昼食を済ませて三時頃まで再び作業をして、おやつタイム、五時頃には一日の作業は終わりにする。
 そんな日課を過ごしている中で、自然とともにあることをいつも実感することができる。今回は、ギンヤンマの交尾に出会った。雨に濡れた駐車場のコンクリートの敷地の上を交尾中の雌と雄が低空で勢いよく飛び回っているのを見つけた。その場所は毎年、オニヤンマかギンヤンマかわからないがやってきていた。今年は始めてつながって飛んでいるのを見た。やがてコンクリートの上に出来たわずかな水たまりを見つけては雌が産卵を始めた。
 見つけたときは、カメラが手元になかった。慌てて取りに行き、戻ってみるとまだ産卵は続いていた。飛んでる被写体をカメラを覗いて追いかけ、ピントを合わせて撮るのは難しい。レンズの中に被写体がなかなか入ってこない。何度も何度も追いかけながら、止まるのを待ち構えてレンズの中に入ると、胸が高鳴り、手元が震える。息を止めて、繰り返しシャッターを切る。

 ずっと昔、出かけた先でトンボの交尾に出会ったことがあった。そのときのことを短編小説にして、同人雑誌に発表した。それを思い出し、雑誌を見つけて転載を試みることにした。

「おんなの微笑」
 女は男を待っていた。約束の時間はもうとおに過ぎているのに男は来ない。
 男と女はどこへ行くのもほとんど一緒であり、女はどこへでも男について行きたがった。そして、女は男が用事を済ませるまで、何時までも待っている。男はそれを少しも苦にせず、できる限り女をつれて歩く。
 女は若い、男とは年が一回りも離れている。それでいて、他人の目には、この二人は似合いの夫婦に見える。
 見知らない土地で何をすることも思い当たらない。女はぼんやりと空地にある栗の木の下に立って、
「こんなに長い退屈な時間を、なぜ耐えて待つことができるのかしら」
 と、自分自身に問いかけてみる。
 女の目前に蓑虫が一本の細い糸をたらして下りて来た。女はしばらく黙ってそれを見ていたが、急に近くの草を一本引きちぎると、蓑虫の巣の中へ差し込んだ。糸は切れずに草を差したままゆらゆらと揺れた。女はもう一本差し込んだ。糸はまだ切れない。さらにもう一本差し込むと、巣は傾いて、哀れっぽく揺れた。巣の尻尾の方から黒い物が出てきた。女はそっと巣をささえている糸を持つと、自分が差し込んだ草を一本二本と丁寧に取り出した。巣はもとのとおりに真っ直ぐになって、何事もなかったようにゆっくりと揺れた。女は歩き出した。途中で一度、蓑虫の方を振り返ると微笑みを浮かべた。
 それから、女はゆっくりと大きな水たまりに近づいた。麦わらトンボの産卵が始まっていた。いつ乾上がってしまうかわからないたよりない水たまりに、トンボは苦しい産卵を開始している。女は立ち止まって見つめた。産卵中の雌に勢いよく飛んできた雄が結合し、しばらくして雄は離れた。雌は再び産卵を始めた。雄のトンボは産卵している雌の上をあわただしく飛び回っている。そこへ別の雌が現れた。雄はすばやく雌に近づき結合する。その雌も産卵を始める。初めの雌の産卵はまだ続いて、雄は二匹の雌の上を飛び回る。女は雄がなぜ忙しく雌の上を飛び回っているのか知りたいと思う。しかし、知る術はない。やがて、初めの雌は産卵を終え、勢いよく空へ舞い上がった。女は名残り惜しそうに雌の行方を追う。雌は高く高く空の色に溶け込んでしまった。そして、すぐにもう一匹の雌も同じように空の彼方に消えていってしまった。雄は相変わらず水たまりの上を飛び回っていたが、疲れてしまったのか近くの石の上に羽を休めて静かになった。
 女は思う。水たまりの卵はどうなるのか、もし卵がかえったとしても、彼らには父も母もいない。彼らの生命は卵の時から自然の力にゆだねられている。彼らの父も母も自分達の子供の生命を自然にたくして死んでゆく。自然は数限りない生命の親である。女は二匹の雌のトンボが溶け込んでしまった空の彼方を仰ぐ。
 男はまだ姿を見せない。それでも女は自分が男を待っていることに、ほのぼのとした暖かさを感じる。自分が待っていることを男は知っている。自分がどんな風にして待っているか、男はちゃんと知っているのではないだろうかと女は思う。女は再び微笑みを浮かべて空地に無造作に転がっている土管の上に腰かけ、男と自分のことについて考える。さきほどの雌と雄のトンボのことを思い出してみる。すると心のどこかが急に熱くなり、女は男の腕の中を思い出す。
 結婚して、子供を産んで、育ててみたい。自分も母親になってみたい。そんな漠然とした意識が男のイメージと重なる時、女は体中が燃えるように熱くなり、胸がいっぱいになる。そして、それをすぐに打ち消そうとする。考えるだけなら、いつでも打ち消してしまえる。ロマンティックな感傷や月並みなあこがれなら、いつだって胸に描いてみることができる。子供を産んでしまったら、母親として生きてしまったら、それは現実であり、もう取り消しはきかない。無責任なあこがれや感傷では母親にはなれない。
 女はいまだに一人である。男に従って、自由きままに生きている。男との不安定な関係に満足しているわけではない。しかし、決められた家庭の中で自然の摂理に従って、生きてゆくことにはもっと不安がある。
 女は微笑む。女の微笑の彼方に男の笑顔があった。女は走る。この瞬間、女はいつもそうである。微かな笑い声をたてて、女は男の笑顔に突進してゆくのだ。                           了

初夏の候

 今回の古河の実家へは一週遅れて六月二十日(木)から二十三日(日)の三泊四日となった。
 何時も到着するまで「何事もなく無事かどうか」ヒヤヒヤする。前回きれいに草を抜いた場所も跡形もなく雑草が茂っている。この時期は仕方が無い。それでも草取りがしていないところは、草丈ももっとひどく伸びて、手が付けられないようになっている。
 大きなポリの入れ物に睡蓮を入れて、金魚を飼っている。前回その中を掃除して水を入れ替えていると、ヤゴを発見した。今回縁に弱々しいトンボが止まっていた。どうやら羽化を終えたばかりのようだ。カメラに納めたけれど、あまりよく撮れていなかった。まるで私たちの来訪を待っていたかのようなタイミングだった。
 到着すると、昼食を済ませ、「今日の目標」の打ち合わせを妹とする。到着して真っ先に畑に出る。枝豆が食べ頃になっていた。すぐ隣の二本のナス苗は生長し、大きな実がそれぞれに一個ずつできていた。その馬鹿でかい大きさに思わず私と妹は顔を見合わせて、笑い転げてしまった。その見事な大きさを写真に収めようとしたけれど、カメラを構えると笑いが止まらなくなってしまう。その見事さはどうしても写真に写せなかった。出来上がった画像に迫力が無い。
 さっそく薄切りにしてオリーブオイルで炒め、味噌で和えた。大きいわりには種がなく、まずまずの味だった。次の日には、お昼のカレーに合わせて、塩もみにした。こちらは皮が少し硬くて水分が少なかったが付け合わせには良かった。
 キュウリも大きくなっていた。そのわりには種がなく、私と妹は種がある方が好きなので、ちょっと残念だった。
 楽しみに期待をしていたブドウは房丈は一人前だが、実が点々とついて、トウモロコシのうらなりのようだ。それでも二年前の姿形がなくなってしまうよりいいかも、などと頷き合った。
 落花生が黄色い花を付け始めていた。何物かにいつも食い荒らされてしまうので、今年はしっかり虫除けの網を張ったけれど当てになるかどうか。
 カボチャやスイカも花が咲き始めていた。ニンジンが手頃な大きさに育っていて、全て抜いて収穫してしまった。ずっと失敗続きだっただけに感激ひとしおだった。
 ブルーベリー、ブラックベリーの実は順調に育っている。とにかく、畑の見回りは楽しく、充実した気分になる。私流の畑だけれど、それなりに考えながら作っていくやり方だから、無駄が多いかも知れないけれど、一喜一憂の贅沢な過ごし方だと思っている。
 滞在中はずっと草取りになるが、合間に畑の手入れや実のなる樹木の手入れ、庭の手入れなどもある。
 翌日は朝早く出発するので、前日の一日は貴重であるが、あいにくの雨模様で、降ったりやんだりと気がもめた。突然、激しく降ったかと思うと、晴れ間が現れたりする。もう諦めようと家に入ると、思わせぶり灰色の雲が去り、空が明るくなる。当然雨も止む。ソレッとばかり支度をして出て行くと、しばらくしてポツリポツリと雨粒が落ちてくる。忍耐強く手を動かしていると、激しく降り出す。
 未練を残して三時前に引き上げた。

早くもスズメバチの季節
 六月一日(土)から四日(火)の午前中まで古河の実家に滞在した。前回の五月二十五日(土)から二十八日(火)に滞在した時に、妹が屋外のトイレに蜂が入ったと慌てている。
 まだスズメバチの時期ではないだろうと思い、「大きかった?」と私が聞くと、「スズメバチだと思う」と言うので、トイレの中を見回したが、それらしき蜂は見当たらなかった。
 そして、今回の二日目に事件が起こった。私が朝、外のトイレの入り口のタイルが丸く油がしみこんだような跡があるのに気付いた。ふと頭上を見上げると、何と直径十五センチほどのスズメバチの巣が出来ている。
 辺りにスズメバチが飛んでいる様子はなく、まだ出来て間がないようだ。見ていると、一匹の蜂が穴から出てきた。それと同時に別の蜂が巣に向かって飛んできた。私は慌てて側から離れた。私たちは何も気付かずにトイレのドアの開閉をしていたのだ。気付いてみればぞっと寒気がした。
 巣はまだ小さいし、蜂も数匹しか居ないようなので、すぐにスズメバチ退治のスプレーを取ってきて、蜂の巣の穴めがけて吹きかけた。巣から出てきたのは一匹だった。二メートルぐらいある枝切りばさみの先で巣を突っつくと簡単に穴が開いた。さらにスプレーを噴霧すると私はその場を逃げた。しばらくして恐る恐る近寄ってみると、蜂が出てくる気配はないので巣をたたき落とした。巣の天井の方に白い卵がぎっしり付いていた。巣のくっついていたところにさらにスプレーをかけて枝切りばさみの先でこすり取った。以前、巣を駆除してくれた業者が、巣の跡を削り取っておかないとまた蜂がやってくるというのを思い出したからだ。
 巣を取り除いた後に数匹の蜂が戻ってきていたが、やがてどこかへ行ってしまった。巣を焼いたら香ばしい匂いがした。蜂の子を食べる風習があるという。なかなかの美味だそうである。

 夫と妹と私の三人連れで古河の実家に五月十一日(土)から五月十四日まで滞在した。
 今回はグリーンピース、絹さや、キャベツ、サニーレタスの収穫があった。グリーンピースの豆御飯を作った。まだ育っている豆が少なかったが、とにかくやってみようということになって、できるだけ太ったサヤを取った。
 グリーンピースを作ったのは初めてだったので、恐る恐るだったが、どうにか豆御飯らしいものが炊けて、もちもちとした食感と甘みがあっておいしく、次回も楽しみだ。
 絹さやはザルに溢れるほど収穫してもまだ取り切れず残っている。
 冬越ししたキャベツは育ちが悪かったが、ロールキャベツを作ることを思い立ち、鶏の胸肉で作ってみたら、柔らかくて美味だった。
 毎年種を蒔いても出来なかったにんじんが、寒さを耐え忍んで春になったらたくさんの葉を茂らせた。間引きをしたら、小指ぐらいの実が育っていた。それを茹でてみたら甘くてとにかくおいしい。生でもポリポリと食べられる。妹は癖になりそうだと言いながらつまみ食いをしていた。
 間引いたにんじんの葉は、柔らかくて卵炒めにしたり、他の野菜と炒めたり、さっと茹でて冷凍にして保存した。
 朴の木の若葉が美しい。真っ白な大きな花がたくさん咲いて、草取りをしているとどこからともなく香ってくる。五目寿司の御飯を朴の葉に包んでおいて、お昼に食べた。
 いろいろな食材が採れて、草取りの合間に料理をして楽しむことが出来た。

絹さや、グリーンピース 
  アヤメがあちこちに咲き始めて、鮮やかな青い色が目を楽しませてくれる。 豊後の梅の木に今年は実がたくさんついた。梅干しを作ろうと妹と二人で眺めていた。  太陽(スモモ)も実を付けている。見上げて成っている実を探すのも楽しい。
毎年期待しながら実が付かなかった禅寺丸柿の実がやっと二個ついた。何度見上げても二個しか見つからないが、落ちずに実ることを祈っている。 

春の候

天候不順
 今年の初めに末の妹が転んで腕を骨折し、手術の後のリハビリ通いで、古河の実家へ一緒に行けなかったが、週三回通っている整形外科が十連休の影響で休みとなったため、三泊四日(四月二十七日から三十日まで)で実家へ出かけた。
 二週間前に草取りを済ませたところは、また草が生え始めていた。これからは雑草との戦いである。 十一時過ぎに到着して昼食までの時間に妹と畑に出た。すでに植わっている野菜の周辺の草取りから始めた。  絹さやはピンクのかわいい花がたくさん咲いていた。去年は大風が吹いて、横倒しになったのを起こすのに苦労した。
 二週間前に訪れたときは、エンドウ豆の白い花がちらほら咲いていたが、大きなサヤになっていて、次回には豆御飯が食べられるだろうか。
 タラの芽、柿の若葉、アスパラを天ぷらにしてお昼に食べた。
 駐車場のところに植えてあるホオノキも若葉が出て、枝の先に白い大輪の花を咲かせていた。  午後二時頃に雨が降り出して家に入ったが、いったん止んだので再び草取りを始めると雲行きが怪しくなり、冷たい風が吹き出し、勢いよく雨が降ってきたので、再び中断となった。突如、雷が鳴り、パラパラと音が聞こえた。障子を開けるとすさまじい勢いで大粒のアラレがたちまち地面を真っ白に覆った。
 初夏になろうとしているのに、家の中は冬の寒さとなって、ストーブを付けた。
 大分経って日が差してきたので、外へ出ようとして気がついた。カメラを持ってきていたのに、アラレを撮ることに気付かなかった。アラレが大粒だったのでどこかに残っているかも知れないとあちらこちら見回したが、影も形もなかった。外は、寒くて身震いが出た。

ホームセンターで夏野菜の苗購入
 朝からウグイスの高鳴きが響いていた。昨日、トンビか鷹か分からないが、鳴き声が空高く聞こえていた。しばらくすると、小鳥の声がしだしたので、嬉しくなった。
 昼近くなって、夫の運転で買い物に出かけた。途中の田んぼでキジの雄を見つけた。最近は鳴き声が聞こえなかったので、てっきり撃ち落とされてしまったかと心配していたが、無事に生き延びている姿に安心した。
 ホームセンターに立ち寄って、野菜の苗木を買い求めた。キュウリ、トマト、なす、枝豆、落花生、スイカ、カボチャ、さつまいもなどなど。
 ひと冬、大切に屋内で冬越しをさせたパッションフルーツの苗木を移植したが、突然の寒さに枯れてしまい、新しい苗木を購入した。
 今回は、妹も一緒だったので、予定通りに農作業がはかどった。

 イチゴ、ジャガイモ、ニンニク
にんじん、ブラックベリー、たまねぎ 
 フレームの中(ぶどう、らっきょ、トマト、キュウリ)
落花生、スイカ、カボチャ、モロヘイヤ 
 父母、弟が元気だった頃、見事に咲いていた三本の椿は、枝の剪定がうまくいかずに、虫の息だったのを、毎年少しずつ新しい枝を生かして、やっとまたも元のように大輪の花が咲くようになった。
 ぼたんも白、ピンク、赤とあったけれど、これも枯れかかって花が咲かなくなったり、接ぎ木のシャクヤクが出てきてしまったりと災難続きだったが、今年ようやくピンクの花が三輪蕾を持った。到着した日は、蕾だったが、一輪だけ少し膨らみ始めていて、妹と、もしかしたら開くのが見られるかもと楽しみにしていた。しかし、帰るまでに開花は間に合わなかったのが残念だ。

春が来た
 今回は4月12日から15日にかけて出かけた。夫の病状も大分安定してきたため、以前のように出かけることが出来る様になった。
 先々週に蕾だった桃の花がここのところの寒さで開花が遅れていたようで、満開だった。見られないかと思っていたが、お花見が出来た。しかし、いつもは迎えてくれていたウグイスの声はとうとう聞こえぬままだった。心なしか小鳥の声も少ないようだ。異常気象のせいなのだろうか。
 古河の実家にもとうとう春がやってきた。畑仕事も一段とはかどって、何事もなく過ごせることに、感謝をしながら、せっせと動き回った。
 移植したパッションフルーツは寒さのせいで葉が黄色くなって枯れているようだ。やっぱり移植が少し早かったのだろうか。しっかりした太い幹だったのに、残念無念である。
 またホームセンターで買い求めるしかないだろう。このところの気象は、例年通りにはいかず、昔は飢饉などで苦労が絶えなかった人間の暮らしを思わずにはいられない。今の世も、いつそのような状況になるかわからないだろうと不安になってくる。
 農業は自然とともにあるということが身にしみる。

新年

初遠乗り
 古河の実家へ行くことにしていたけれど、夫の薬の副作用などもあり、車の運転に自信が持てないとのことで、取りやめにした。
 予定変更のため、今年の味噌作りの材料や実家の外回りの水道の蛇口に凍結予防のための覆いをしないままにしていることや神棚の年越しもしないままになっていたので、いろいろと気がかりだったので、本日の朝突然に夫が「体調がいいから、古河に行ってこよう」と言い出して、急遽出かけた。  実家は特に問題も無く、神棚の清めと水道の蛇口の覆いをかけて、とんぼ返りで帰って来た。往復四時間の運転を夫は無事こなして、運転に自信が持てたと一安心だった。
 今月も検査と通院で三回病院へ行かなければならないが、とにかく今年も無事にお正月を迎えることが出来た。

2018

冬の候

誰か教えて
 夫の体調も回復に向かいつつあって、また古河の実家行きが出来るようになっている。今回は十七日(土)から二十日(火)までの予定で出かけた。毎回、下の妹も一緒なので何かと心強い。
 実家に到着した昼近くに、駐車場入り口の木に鷹かトンビらしき鳥が止まっていた。急いでカメラを取り出して焦点を合わせたが、とっさのことで、なかなか思うように出来なかった。車から出る気配に気付かれれば飛び去ってしまうだろう。結局、シャッターチャンスは逃してしまった。
 翌日の朝、庭に出てみると、駐車場の焼却炉の近くから大きな羽音を立てて飛び立つ鳥を見た。目で追うとやはり鷹かトンビのような鳥だった。二日続けて同じ場所で発見した。どうやら近くにすみかがあるようだ。それは嬉しいが、他の小鳥たちの鳴き声が聞けなくなるのは寂しい。その正体もまだつかめていない。
 相変わらず草取りが続いている。茅の茂みの中で白い鶏の卵のような物を発見した。触るとぶよぶよ柔らかい。よく見ると、根っこのようなものが一カ所から生えている。気味が悪い。でも何だか知りたい。
 夫が小さい頃にそれを見つけて潰して遊んだことがあると言った。中から煙のような物が出るのだと言っていた。すると、キノコだろうか。とにかく、茂った龍のひげの上に置いておいた。この次行った時にどうなっているのか、ちょっと不安。

もしかしたら……
先日書いた卵の形をした物はどうやらいろいろ調べてみると、「オニフスベ」というきのこのようです。成熟する前なら食べられるとありました。私は見るからにあやしいので食べる気はしませんが、はんぺんのような口当たりであまりおいしくないとのこと。もし「オニフスベ」なら二十から四十センチになるそうです。夫が言っていたように割れると白い煙が出るとか。子どもの頃に蹴って遊んだという話も書いてあった。
 しかし、庭に突然四十センチにも成長した白い卵を見たら、何が生まれてくるのかと恐ろしくなる。夏から秋にかけて、竹やぶ、広葉樹林、草地、ツツジの下などに発生するらしい。ホコリタケ科に属しているというのだから、確かに中からホコリのような胞子が飛び散るのだろう。
 何はともあれ解ってほっとした。
 ふうたろうさんがすぐに投稿してくださったので、嬉しくなった。ふうたろうさんも知らなかったようで、さっそく調べたことを掲載したのだけれど、実際に私が見たのはゴルフボールほどの大きさだった。二週間後に実家に行く予定なので、もしかしたら成長しているかも知れない。しかし、何物かの餌になっているかも知れない。
 とにかく、トンビのような鷹のような鳥の正体も知りたいし、知らないことばかりが起こる実家の出来事である。

妹と一緒
 由紀さおり・安田祥子姉妹が一緒に童謡を歌っている姿を見ると、私はいつもうらやましく思っていました。 ところが、三人姉妹の一番下の妹が、今年の三月で退職して、すぐに夫の入院騒動があり、その時は、その妹が私の家に泊まり込んで、一緒に病院通いをしてくれました。その時も有り難いと感謝の気持ちでいっぱいだったのですが、夫が車の運転が出来るまでに回復して、また古河の実家(望月窯)に通えるようになり、今度は妹も同伴で農作業や実家の管理をしてくれることになり、私は幸せ感に包まれています。
 半年近く古河に行けなかったので、草ぼうぼうの荒れ放題になっていたところを今は、妹のお陰で元のように畑も出来る様になりました。玉ねぎ、キャベツ、イチゴの苗を植え、大根、にんじん、小松菜、空豆、グリンピース、絹さや、カブなどの種を蒔き、すっかり冬支度が整いました。
 数年前に木を切り倒してその木がゆずの木に倒れ、幹が真っ二つにさけてしまったのをしっかり縛っておいたらくっついて、元気に育っています。ミカンの木も寒さに弱って枯れてしまったようになっていたのを日当たりの良い場所に移植したら、今年になったら根元から新しい枝が伸びてきました。
 ローズマリーの枝の影にカマキリの雌を見つけて写真に撮って、卵を産もうとしているのか、数日経ってもまだカマキリは元の場所でじっとしています。この次来たときにはきっと卵が産み付けられているでしょう。

秋の候

私の妹
 私には二人の妹が居る。下の妹は今年の三月に定年退職した。私の実家通いに「もう少しだからね。仕事を止めたら手伝うからね」と口癖のように言っていた。ところが、仕事を辞めてすぐに私の夫が体調を崩し、二度も入院となった。
 妹は夫の入院中、約二ヶ月あまりを私の家で寝泊まりして、夫の入院している病院へ毎日私に付き添ってくれた。お陰で私は、体調を崩さずに心ゆくまで夫の看病が出来た。
 その甲斐あって、夫の体調は回復しつつある。車の運転も出来るようになったので、またこれまでのように古河の実家通いが始まっている。今回は滞在期間を一日増やし、月に二回行くことにした。荒れ放題だった敷地も頑張って大分もとのように復活した。
 畑も背丈を超えるように伸び放題だった雑草を取り払って、冬野菜を植えることが出来た。
 雑草を取り除くと、春に植えていたジャガイモ、ニンニク、らっきょ、たまねぎなど根菜類が無事だったのには驚いた。
 夫の退院後初めての日は、四泊五日滞在し、先週は三泊四日の滞在となった。
 夫の回復は夢のようで、妹と畑仕事をするなど、若い頃には想像もしなかったが、今は、贅沢な老後を楽しんでいる。
 友人、知人の方々にはご心配をいただき、心から御礼を申し上げます。

春の候

異変
 ここ数週間、古河の実家を訪れるたびに不審に思っていることがあった。それは、小鳥の鳴き声がいっさいしないということである。私たちが到着すると、この時期であればうぐいすの声の歓迎を受ける。それは、「待っていたよ」とばかり挨拶をしてくれることだった。
 そのほか、畑仕事をしていれば、なにがしの小鳥の声が聞こえているのだった。それが今年に限って、小鳥たちの気配さえ感じられないのだった。
 先週末畑仕事をしていると、空高く「ピーヒョロヒョロ」と空高くでさえずる声が聞こえてきた。  その昔、父と訪れた故郷の寂れた駅で電車を待っている時に聞いた鳴き声である。見上げると空高く弧を描いて飛んでいるトンビの群れだった。その懐かしい鳴き声が耳に届いて、私はしばし手元を休めて空を仰いだ。そういえば、最近訪れたとき、トンビが1羽飛んでいたことを思い出した。やがてトンビは群れをなして悠々と我が物顔に飛んでいた。
 私は「これだ」と思った。そうして気をつけていると、トンビが飛び去ってしばらくすると、ケキョケキョと耳慣れたウグイスの声とともに、ほかの小鳥の声も聞こえている。
 どこかにトンビが繁殖したのだろうか。その日はトンビの姿が見えず、少しずつ小鳥の声が戻ってきた。
 庭のカタクリの花が咲き、シュンランもひたむきな淡い黄色の透明感のある花が開いていた。見入っていると、「今年も咲いたわね」と母の声が耳元に響いてきた。
 そうなのだ、古河のこの地は懐かしい肉親が眠る魂鎮めの郷なのだ。

冬の候

御蛇様、お引っ越し
 今年は戌年であるけれど、私は年の初めに蛇のことを書こうと思った。というのは、昨年中は古河の実家で何度も蛇のお出ましにあった。記念館の入り口はほとんど一日中陽が当たり、生き物には最高の場所である。もちろん、寒さを嫌う蛇の住処としてはお気に入りの場所なのであろう。どうやらこの場所の地中に蛇が住処を構えたらしい。
 昨年の春先に草むしりをしていたら蛇がとぐろを巻いていた。私はギョッとしたけれど、そのままやり過ごした。その後も気温が上がるにつれ、その場所で長々と体を伸ばしてひなたぼっこをしている蛇様に出くわした。何度出会っても「ギョッ」と一瞬体が固まってしまう。「また脅かしたわね」と苦笑しながら、スルスルと地を這って逃げていく後ろ姿を目で追った。 蛇は家の守り神だから、自らに言い聞かせながら、そのときはまだ放りっぱなしにしていた。 夏のある日、ニンニクの植えて防虫ネットで囲ってあるその中に一メートル以上もあろうかと思える御蛇様の姿に出くわしたときには、今までにない「寒気」を覚えて、思わず殺虫剤を取り出して、無我夢中でかけまくってしまった。けれど蛇様は私の気配を察知して、するすると地中に逃げ込んでいった。
 またあるときは、家の入り口に長々と横たわっているのに出くわした。
 蛇は両親、弟が暮らしていた頃にはよく現れて、弟は、生け捕りにする器具を自分で作り、それで捕まえては、田んぼの方まで捨てに行っていた。その器具は、長く細い棒の先に針金の輪を取り付け、釣り糸を通して、その釣り糸で輪を作り、蛇の頭が通ると釣り糸を素早く引いて蛇の首を絞めて生け捕りにするのだ。
 落ち葉掃きの季節が訪れて、御蛇様の住処から少し離れた場所にカラカラに乾いた長い抜け殻を見つけた。そして、脱皮して一段と成長した御蛇様にまたまた遭遇した。まだまだ勢いが良く、生け捕りの輪をなんなく交わしてしまった。 家の守り神とはいえ、何度も「ギョッ」とさせられては、気が休まらないと思いながらも、その姿を目で追うだけの日々が続いた。
 そして、年の暮れの落ち葉掃きの時、その日は気温もあまり低くなく、住処から抜け出してのんびりとひなたぼっこをしている蛇様とご対面。お互いににらみ合う格好になった。というのも、もう外気温は蛇様の活動には不向きとなっているらしく、まるで催眠術にでもかかったように、その動きは緩慢である。生け捕りの棒の先でつついても、もどかしい動きである。私は輪を作って御蛇様の頭の方から少しずつ迫った。幸いにも蛇様はゆっくりとその輪の中へ頭を差し入れてゆく。十センチも進んだろうか。私は糸を引いた。「お許しあれ」と私はなおも糸を引き締めた。それから身のすくむ思いでその棒を持ち上げ、ゆっくりと田んぼの方へ歩いて行った。
 途中、御蛇様は苦し紛れに絞まった首の輪をはずそうともがいて、棒に細長い体を巻き付けている。意外にその重さは片手では持ちきれない感じで、私は必死で糸を引きながら五分ほどの田んぼまでの道のりを、心を震わせて運び続けた。 やがて、田んぼの用水路にたどり着くと、私は糸を緩めた。御蛇様は少しずつ糸の輪を通り抜けていった。
 いくら家の守り神様でも、出くわすたびに驚かされてしまっては、住み続けていただくわけにも行かない。第一、ペットのように慣れることはできない私だった。 それでも、とにかくお引っ越しの後は、さすがに後味が悪い。その夜の夢に、ちゃんと御蛇様が姿を現した。けれど、私の行為をとがめているわけでもないようで、その夢は寝覚めの悪いものではなかった。私が気にしていたので気にするなと現れてくれたのかもしれない。 御蛇様は、年の暮れのお引っ越しで、新しい住処を見つけるのに大忙しだったかもしれない。

待ち遠しい春
 昨年の暮れの27日から古河の実家へ出かけた。お正月3日まで滞在した。暮れには父、母、弟を偲び、神棚のお掃除と飾り付けをした。父が毎年やっていたことを私が受け継ぐことになって、感無量である。
 大地が凍り付いて鍬もシャベルも歯が立たない。真冬の畑は私の力は用無しである。  気がかりだった屋内の大掃除を試みた。掃いても掃いてもどこからともなく誇りが舞い落ちてくる。長いこと放りっぱなしだったために、汚れがこびりついている。手がアカギレだらけになって、ガサガサになった。お風呂上がりにクリームを何度もなすりこんで、どうにか元に戻りつつある。
 実家の朝は、雨戸を開けることから始まる。六時半から7時頃に起きるのだが、東の空はほんのり明るんでいるが、まだ日の出る気配はない。それでも澄んだ空気を胸いっぱい吸い込むと、新しい1日の始まりが嬉しい。やがて、部屋の中に暖かな陽光が満ちてくる。
 夜の風景も神秘的だ。月の光が白く暗闇を照らし、どこからともなく姿を現しそうな夜の精たちを探して、目をこらす。もし現れたら恐ろしい気もするが、あたりを探さずにはいられない。
 でも、なんと言っても、草木が緑に染まる春が待ち遠しい。暖かな太陽を浴びて、畑仕事に精を出す春の訪れが恋しい。