ひぐらしの記 内田川 瀬音は風の音をさえぎり、降りしきる雪は風にちらちらと舞って、ほどなく川面に吸い込まれた。川上のほうからくねくねと曲り、ひと筋流れてきた水は、コンクリートで頑丈に造られた九段ばかりの堰(せき)にあたり、白い飛沫(しぶき)を高く跳ねあげている。... ひぐらしの記前田静良
ひぐらしの記 晩年 またひとり、訃報が届きました。こんどは、元卓球クラブの仲間のおひとりです。自分が年を取ると、知己すなわち身内、友人、知人、ほか親しい人たちが年を取ります。このことは、とてもつらく寂しいです。 昼間、日差しがこぼれると、まもなく尽きるいのち... ひぐらしの記前田静良
ひぐらしの記 『思い出の歌』 私は、すでに自叙伝あるいは自分史を書く年齢に達している。言うなれば後がないのである。それでも、書くつもりはまったくない。その理由は、書いても読んでくれるきょうだいは、もはや次弘兄ひとりしかいない。だから、呻吟して書いても、割に合わないからで... ひぐらしの記前田静良
ひぐらしの記 短い文章で、『常ならず』 九月八日(水曜日)、秋彼岸を前にして残暑なく、身に堪える寒さが訪れています。生きることは常に艱難辛苦です。体(てい)のいい「自宅療養者」という言葉は、療養などありえない言葉の暴力です。きょうは、足取りおぼつかない妻の歯医者通いの引率です。平... ひぐらしの記前田静良
ひぐらしの記 手習い始めのころの一文、『秋の山』 平成十年十月三十日、私は勤務する会社近くの歩道を歩いていた。ハナミズキの赤紫の朽ち葉が三、四枚空中に翻り、私の胸にあたっては舗道の方へ散らばった。歩きながら眠りこけそうな、のどかな秋日和だった。こんな麗らかな日は会社を離れて秋の山の陽だまり... ひぐらしの記前田静良
ひぐらしの記 記録と記憶 九月六日(月曜日)、記事引用。【東京パラリンピックが閉幕 東京2020年大会が全て終了】(9/5・日曜日22:03配信 毎日新聞)。「東京パラリンピックは5日、閉幕した。新型コロナウイルスの影響で1年延期された東京大会は、オリンピック(7月... ひぐらしの記前田静良
ひぐらしの記 呻吟 九月五日(日曜日)、昼間、つれづれに文章を書いている。長雨続きだった空に、ほのかに陽射しがそそぎ始めている。これに応じて、鬱陶しさにまみれていたわが気分は、いくらかほぐれ始めている。まさしく、太陽がもたらす、何物にもかえがたい天恵である。 ... ひぐらしの記前田静良
ひぐらしの記 産交バス 産交バス(九州産業交通)は、わが子どものころの憧れでした。今やふるさとと名を変えたわが生誕の地・内田村には、現在、産交バスの運行は途絶えています。村の過疎化とマイカーの登場という、ダブルパンチに見舞われて、利用客の減少に拍車がかかったせいと... ひぐらしの記前田静良
ひぐらしの記 ふるさと 私は農家に生まれて、よかった。水車の回る精米所に生まれて、よかった。大家族の一員になれて、ほんとうによかった。特に、善い父、好い母、良い兄姉に恵まれて、よかった。美しいふるさとを持てたことは、ほんとうによかった。 東に大分県と宮崎県、北に... ひぐらしの記前田静良
ひぐらしの記 私家本『ひと想う』より、『コンニャク』 年の瀬(平成十二年)に、コンニャクが送られてきた。宅急便の人が、「印鑑、おねがいします」と、差し出された伝票には、ふるさと(熊本県山鹿市菊鹿町)の義姉の名まえが記されていた。「コンニャクを送ったからね!」。前もって、こんなメッセージがフクミ... ひぐらしの記前田静良