ひぐらしの記 「七五三」日和にあって、様変わる風景 この季節、わが家周辺には黄葉が目立ち、中にはカエデの紅葉がひと際、わが目を愉しませてくれている。台風さえこなければ土砂崩れの恐れは遠のいて、季節感満喫である。道路の掃除にあっては日を替えて、夥(おびただ)しい数の落ち葉が一面に敷きしめられて... ひぐらしの記前田静良
ひぐらしの記 無題 十一月十四日(土曜日)、長い夜はいっこうに更けない。いまだに真夜中の佇まいにある(3:04)。新型コロナウイルスのことしか、書くことがない。いや、それしか書けない。もちろん、眠気まなこを見開いて、いたずら書きさえする気力もない。いつもの習性... ひぐらしの記前田静良
ひぐらしの記 わが身、冷える夜長 十一月十三日(金曜日)、日付を変えただけで、きのうとまったく同様の文章である。こんな文章は書くことはもとより、人様に読んでもらう価値もなく、書けば恥晒しにすぎない。もちろん、だれのせいでもなく私自身のせいである。その証しには、このところ掲示... ひぐらしの記前田静良
ひぐらしの記 寒波、コロナ第三波 十一月十二日(木曜日)、気温が下がり寒くなってきた。もう書くこともない。書きたいこともない。きょうは明らかな意志を持って、手抜きの文章である。だから、本当のところは休むべきである。なさけなくもそれに代えて、メディアの報じる引用文でお茶を濁す... ひぐらしの記前田静良
ひぐらしの記 予約済み通院日 子どもの頃の「謎謎(なぞなぞ)合わせ」さながらに、増え続けるもの、減り続けるもの、それはなあーに? と問えば、答えは財布である。その心は、診察券は増え続けるばかりであり、一方でお金は減り続けるばかりである。片肺通行だけで言えば、予約済の通院... ひぐらしの記前田静良
ひぐらしの記 悲報と朗報 十一月十日(火曜日)、現在のデジタル時刻は2:54である。夜長の季節にあってはいまだに、真夜中と言っていいだろう。このところの関東地方には「小春日和」をはるかに凌いで、ポカポカ陽気が続いていた。ところが、きのうの気象予報士の予報によれば、き... ひぐらしの記前田静良
ひぐらしの記 偉業にまつわるエピソード きのう(令和二年・二〇二〇年)、感銘を受けた国内外の出来事を一つずつ記録に留め置くものである。一つはテレビで視聴したアメリカ大統領選挙における、バイデン新大統領の勝利者宣言の演説の素晴らしさである。すなわち、バイデン新大統領の演説は、混迷を... ひぐらしの記前田静良
ひぐらしの記 哀れなるかな五官、年寄りの証し 令和二年十一月八日(日曜日)、パソコンを起ち上げると、ヤフーニュースの項目にはずらり、アメリカの大統領選挙における帰趨が並んでいた。私はバカ騒ぎに同調するほどバカではないため、どれひとつ記事を読むことはなかった。バイデン氏が勝利確実 米報道... ひぐらしの記前田静良
ひぐらしの記 晩秋の夜は長い 海の向こうのはるかに遠い異国・アメリカのこととはいえ、毎日テレビニュースで醜態ぶりを見せられると、ほとほとうんざりする。世界の盟主を自任するアメリカがこんな国であったのかと、日々驚くばかりである。こんな国に操られ、従順を余儀なくしてきた国々... ひぐらしの記前田静良
ひぐらしの記 万物の霊長、すなわち人間の面汚し 疲れているせいであろう。久しぶりに二度寝が叶い、目覚めて起き出してきたのは、夜明けて七時頃である。長く眠れたことではありがたいことだがそれはそれで、文章を書くうえでは焦燥感まみれになっている。同時に、秋の夜長を台無しにしたことでは、いくらか... ひぐらしの記前田静良