ひぐらしの記 夜長を脅かす悪魔、ままならない睡眠 十一月二十五日(水曜日)、零時頃、二時頃、そして三時頃、とろとろと三度寝にありついて、起き出して来た現在は、4:13の時刻表示である。二度寝ならず三度寝にありついて、私は子どもみたいな心境で、うれしい気分である。普段は一度目覚めれば二度寝が... ひぐらしの記前田静良
ひぐらしの記 初冬の寒気 きのうの「勤労感謝の日」(十一月二十三日・月曜日)を含む三連休が明けて、「コロナ、コロナ」と、騒々しい週が始まる。特に今週は、「GO TO トラベル」や「GO TO イート」キャンペーンなど、政府施策の見直しで喧(かまびす)しくなりそうであ... ひぐらしの記前田静良
ひぐらしの記 九州場所、大関貴景勝賜杯 メディアの報じる配信ニュースから、意図的に新型コロナウイルスにかかわる記事を避けようと思えば、わが意に沿うものは指折るほどもない。きのう(十一月二十二日・日曜日)、大相撲九州場所は千秋楽を閉じた。異例まみれの九州場所だった。九州場所でありな... ひぐらしの記前田静良
ひぐらしの記 強風が見舞った「落ち葉しぐれ」 きょう(十一月二十二日・日曜日)は、明日の「勤労感謝の日」(十一月二十三日・月曜日、祝祭日)」を前にして、三連休の中日(なかび)にある。晩秋から初冬にかけての好季節にあって、行楽シーズンは大団円の賑わいを見せるはずだった。しかし、三連休前に... ひぐらしの記前田静良
ひぐらしの記 「灯台下暗し」 だれが悪いわけでもない。だから、だれかを責めるわけにもいかない。新型コロナウイルスへの対応は、だれもがもっぱら防御に努めるしか便法はない。こんななかにあってだれもが共通に実感できることは、新型コロナウイルスのこのところの新たな増勢ぶりである... ひぐらしの記前田静良
ひぐらしの記 好都合の夜にあって、文章が書けない 十一月二十日(金曜日)、長い夜。現在、パソコン上のデジタル時刻は、3:26と刻まれている。文章を書く気になれば時間は、まだたっぷりと残っている。ところが、書く気になれない。書けばおのずから、新型コロナウイルスの感染者数の数値になりそうである... ひぐらしの記前田静良
ひぐらしの記 新型コロナウイルス、感染者数二千人超 十一月十九日(木曜日)、現在のデジタル時刻は4:37である。目覚めて起き出して来たのは、二時半近くである。この間、大沢さまから送られてきた原稿の校正作業を試みた。校正作業とは文字どおり、わがミスの訂正作業である。おのずから、気分の滅入る作業... ひぐらしの記前田静良
ひぐらしの記 夜長、つれづれの迷い文 これまで、身近なところで眺めてきたものの一つには、道路工事は始まったらなかなか終わらない。ようやく終わったなと思えば、こんどはガス管工事が始まり、これもようやく終わったなと思えば、こんどは水道管工事が始まる。挙句、同じ個所が施工業者を替えて... ひぐらしの記前田静良
ひぐらしの記 映像「玉虫色の会談」 自然界は野山に秋色(しゅうしょく)を深めて、一日だけの小春日和でなくこのところは連日、初冬とは思えない暖かい陽射しをそそいでいる。人間界は新型コロナウイルス禍の恐怖の最中にあって、何ものにも勝る自然界の粋な計らいである。寒がり屋の私にはこれ... ひぐらしの記前田静良
ひぐらしの記 能無しの私が浸る幸福(感) 私にはだれかれではなく、出会えた人のすべてに、恩に着るところがある。もちろん、声なき人たちのご厚情をも、まるで対面の出会いのごとく身に染みて、ありがたく感じている。双方を丸めてひと言で言えば、「ひぐらしの記」がもたらしている御縁である。 私... ひぐらしの記前田静良