ひぐらしの記

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連載『少年』、十七日目

少年はまた、内田川のことを書いている。少年の独り善がりの文章など、だれも読まないから気楽に何度も書けるのだ。少年の家は、川の上流から中流にかけて位置している。裏戸を開けると下手の方では、太陽の照り返しが白く水面を舐めて、竹山の隙間の向こうに...
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連載『少年』、十六日目

内田村は熊本県の北部地域にあって、いくつかの村道と数多の私道を脇に従えて、熊本県から大分県方面へ向かう一本の県道が走り、ときには並走し一筋の内田川が源流と上流をなして、途中出遭う支流を抱き込みながら流れている。北へ向かう県道の先は山中の細道...
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連載『少年』、十五日目

GHQ占領下の日本の国の舵取りは、良いにつけ悪いにつけ個性派首相と言われた吉田茂が握ることとなった。吉田首相は、ときには傲慢とも思えるワンマンぶりみせて顰蹙を買った。一方では、育ちの良い憎めない愛敬を持ち合わせていた。吉田首相は、硬軟併せ持...
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連載『少年』、十四日目

内田小学校一年生になった少年には、「夏休み」のある夏が四季のなかでは、一番好きな季節になった。少年は母に、「『夏休みの友』は、暑くならない午前中にやるからね」と、約束した。夏休みにはこのほかにも漢字の書き取りや、日記ないし自由課題の生活文な...
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連載『少年』、十三日目

少年にとって運動会は、走ったり、遊戯をしたりすることより、昼の弁当の時間が楽しみだった。家族そろって弁当を開くところは、二か所が設けられた。一つは、広い運動場のセパレートコース周り(コース外)の適当なところだった。一つは、教室の使用が許され...
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連載『少年』、十二日目

昭和二十二年の春先から初夏にかけては、少年の入学式、始業式、授業参観、家庭訪問などがあって、少年の家は学校とのかかわりが多くなっていた。家庭訪問の日がきた。少年の担任は、うら若く美しい渕上孝代先生である。母は顔見知りとはいえ、やはり緊張して...
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連載『少年』、十一日目

昭和二十二年三月には、教育基本法が制定され同時に学校教育法によって、六、三、三、四の新学制が発足し、六、三制の義務教育が導入された。いよいよ日本の国は、戦勝国の占領体制の下、あらゆる面で敗戦後の復興政策がスタートした。おりしも少年はこの年の...
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連載『少年』、十日目

まだ分別が利かない少年は、昭和二十年にわが家を襲った数々の忌まわしいできごとが、時間の経過とともに早く薄らぎ、遠ざかることだけを願った。少年は、家族の哀しみが日々疎くなることを望んだ。少年は弟や姉のしめやかな葬儀にも、実際には肉親が亡くなっ...
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連載『少年』、九日目

国敗れて山河あり。内田川の流れも周囲の山並みも変わることなく昭和二十年、内田村には煮えたぎるような太陽の陽ざしが照り煌めいていた。変わっていたのは人の命と、戦時下における人々の営みであった。八月十五日の昼下がり、少年は異母二男の利清兄から、...
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連載『少年』、八日目

「日本軍、敵機を撃墜せり」。勇ましく始まった太平洋戦争も、昭和十七年六月のミッドウェー海戦の大敗北により、戦局はしだいに日本の不利に転じた。戦場の不利は精神力と大和魂で覆すのだと煽られ、日本および国民は一層戦意を強めて、日本社会ますます戦時...