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坂本弘司撮影

焼きが回る

1月21日(土曜日)、ほぼ一晩じゅう眠れず、仕方なく起き出している。それゆえ気分すぐれず、文章を書く気分になれない。起き立てに浮かんでいた言葉を電子辞書でおさらいし、おさらばである。【焼きが回る】「①刀の刃などを焼くとき、火が行きわたりすぎてかえって切れ味がわるくなる。②年を取ったりして能力が落ちる。」身に沁みて、つらい言葉である。

♪画像追加です!!

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どういうわけか2枚同時にUPできませんでしたので、もう1枚を追加します。

♪HIROKIのタレント日記!!

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《鉢植えヒアシンス3》
きのうは、部分的だったパープルがきょうはかなり咲きました。
ホワイトもけっこう咲きましたねー。
ピンクもほころんできましたので、あしたは開花しますね!!
いきなりきのうからの急生長で、ビックリ!! していますが、これから毎日楽しくなりそうなのが、嬉しいところです♪♪♪

♪大沢先生へメッセージです♪

味噌造り、たいへんお疲れさまでございました。
7/19が楽しみですね♪♪

恒例の味噌造り

 昨日は母を偲びながらの味噌造りをした。味噌造りは菌のはびこらない寒い「大寒までに」終えると母の教えがある。いろいろな都合でなかなか毎年は作れないけれど、今年は昨年に続いて無事に済ますことができた。大豆と糀を妹と二人で前もって購入した。昨年は私の計算違いで、作る前日の夜に慌てて糀を買う羽目になった。今年は何度も確認して用意した。だいぶ前になるが、大豆も糀も一つの店では揃えきれず、近くのマーケットを探して歩いた記憶もあったので、十二月の終わり頃から気がかりになる。
 今回も妹が前日から泊まりに来てくれて、大豆を洗って水に一晩つけておく作業から始まる。昨年のメモ書きを見ると、翌日のあさ八時にスタートして十一時三十分終了となっていた。
 朝五時に起床し、毎朝恒例の六時二十五分の「ラジオ体操」までにはまだ時間があるので朝ご飯の支度を始めた。いつもはひとりで居るこの時間、妹と二人でゆっくりと会話をしながらのひとときは心が落ち着く。
 味噌造りは前回と同じく八時から始めた。手順もうまくいって十一時には無事五キロの味噌が出来上がった。後は半年寝かせて七月十九日まで待つこととなる。しかし、この味噌も半年で無くなってしまうので、今から半年は市販の味噌で済ませることになる。後五キロ作れば良いのだけれど、なかなかそれができないのが残念無念である。

大寒

机上に置くカレンダー上には、「大寒」(1月20日・金曜日)と、記されている。言うなればきょうは、気象の上では寒気が最も厳しい、擂り鉢の底に当たる。もはや嘆くことは勿れ! 寒気は、擂り鉢の窪みに沿ってときおりぶり返しながら、確かな足取りで暖気の頂上へ駆け上る。再びカレンダーに目を遣ると暖気は、立春(2月4日)、立夏(5月6日)を越えて、間違いなく立秋(8月8日)あたりまで駆け上る。いや、それにとどまらず真夏日は、厳しい残暑の高気温さえもたらして、ようやく暖気は打ち止めとなる。このことでは大寒は、耐えて、歓迎こそすれ嘆くことはない。まさしく大寒は、一陽来復の気分ほとばしる、季節の恵みすなわち屈折節点である。暖入りのお先棒を担ぐのは、再来週にひかえる「立春」である。きょうは気分良く、このことだけを書けばいいのに、きのう晒した恥のことを書かずにはおれない。きのうの私は、わが日常生活における、真実一路の一端を書いた。もちろん、恥を厭(いと)うたり、覆(おお)うたり、することなく真摯にあけすけに書いた。きのうの恥晒しをあらためて記すとそれは、パソコン部屋とわが寝室における、人工の火の気のないなさけなさの吐露だった。すなわち、きのうの私は冬季にあって、火の気のない部屋におけるわが日常生活の一端を書いたのである。挙句、その主たることは、寒気への防具は身をぶるぶるふるわせるだけの我慢と書いた。結構、長い間の我慢だった。しかしながら、きょうの大寒を始点としてこの先強いられる我慢は、多くて両手指、少なければ片手指の数くらいで済みそうである。幸いなるかな! 大寒とは名ばかりで、寒気は緩々(ゆるゆる)でわが背筋は伸びて、猫背のように丸まってはいない。それゆえ現在の私は、「大寒」大歓迎の夜明け前にある。確かに、季節や気象はときには嘘を吐く。けれど大筋には、きょうから確かな足取りで、寒気を撥ね退けて暖気の頂上へ駆け上る。春の兆しはもはや兆しとは言えず、コトコトドンドン、確かな足取りで近づいている。

♪HIROKIのタレント日記!!

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《鉢植えヒアシンス2》
ホワイトの茎がグングン伸びてきていたので、1番に花が咲くかと思っていました。
きょうの朝、カーテン越しの窓辺へ鉢を移動した時は、咲いていなかったのですが、夕方、元のキッチン庭園へ戻す時に、パープルが部分的に咲いていて、ビックリしました!!
今後の益々の生育が楽しみです♪♪♪

♪前田さんへメッセージです!!

前田さん、寒い中での『ひぐらしの記』執筆、たいへんお疲れさまでございます。
なんとか暖かくして、お書きになっていただきたい!! と心の底から思っております。
今回も前田さんへ暖かくなる大大大エネルギー &大大大パワーをお贈り致します(^O^)/(^O^)/(^O^)/(^O^)/(^O^)/(^O^)/(^O^)/

起き出し、「寒い夜明け前」

1月19日(木曜日)。気象庁の予報に違わず、頗る低気温の夜明け前に起き出している(3:58)。起き立てのわが身は、ガタガタと震えている。風袋(ふうたい)の就寝時間は大きく間引きされて、正味の就寝時間はいくらもない。悪の根源は、頻尿のせいである。その回数は、6回ほどを数えている。パソコン部屋の熱源は、頭上の二輪の蛍光灯の明かりだけである。しかし、あたりまえだがまったく熱源の用はなさず、静かに本来の明かりだけを灯している。さらにきょうは、これまで隠していた生き恥を晒そう。わがひとり部屋の寝室のエアコンは、壊れたままで修復がきかずにほったらかしのままで、これまたまったくの用無しである。妻は階下に寝んで、長年、別就寝である。この状態は、文章を書く上では都合がいいためでもある。階下にはエアコンやガスストーブの人工の暖炉がある。私はエアコンの買い替えの金をケチっているわけではない。けれど、つまるところ私は、買い替えなしに冬の寒さや夏の暑さを我慢して寝んでいる。確かに、人生行路は艱難辛苦の茨道である。生きているかぎり、まるで陸上競技のハードル種目さながらに、越えても次のハードル(障害物)に遭遇する。人の世のこの艱難辛苦を出し(方便)にしてお釈迦様は、この世(現世)は「厭離穢土」(おんりえど)、あの世(来世)は「極楽浄土」(ごくらきじょうど)と説法される。挙句、「衆生(しゅじょう)を悟りの異界に」に導かれる。ところが、お釈迦様の施しとて無償ではなく、いや箆棒(べらぼう)に供物や賽銭を求められる。この世、あの世、共に俗物(金)の世に変わりない。寒さに震えて、こんなことを書くくらいなら、これで書き止めがわが身のためである。夜明けの明かり(熱源)はまだ先である。わが生き様の不甲斐なさが、全身いや心身に沁みる。明日は「大寒」(20日)」である。

安眠、熟睡、「永眠」

1月18日(水曜日)、ぐっすり眠れて、起き立ての気分はすこぶるつきに良い。寒気は、きのうよりいくらか緩んでいる。安眠と熟睡がこんなに気分良いものであれば、永眠は輪をかけてさぞかし気分良いものであろう。だからと言って早やてまわしに永眠にすがる気持ちはなく、今しばらくは生きていたい気持ちをたずさえている。ところがきのうのNHK「クローズアップ現代」では、部屋の中の寒さは死亡に繋がりやすいという、警戒警報を鳴らしていた。当たり前のことでもあり、聞き耳を立てることはなかったけれど、のほほんと見過ごすこともできず、いくらかの警戒心をかき立てた。なぜなら私は、いつもまったく火の気のないパソコン部屋で、寒気に身震いしながら文章を書いている。だから、私への戒めの番組にも、思えていたのである。パソコンを起ち上げて、真っ先に見遣ったヤフー画面の項目には、こんなものがあった。今週の「大寒」(20日)に向かう日本列島は、十年に一度くらいの低温に見舞われるという。これまた、わが身に堪える警戒警報である。あれやこれやの警戒警報に際し、「死ぬものか!」と、奮起して気張っているところである。なぜなら大寒とは、擂り鉢にたとえれば真冬の底である。それゆえにこれに耐えれば、しだいに寒気を蹴散らし、暖かい春の季節が訪れる。いやいや、春は遠くない。二週間ほど先には「節分」(2月3日)、翌日には「立春」(2月4日)が訪れる。こんな季節の恵みを間近にして死ぬようでは、私はとことん愚か者である。挙句、人様とて私を、「バカ者」呼ばわりされるであろう。そんな蔑(さげす)みを撥ね退けるためにも私は、「一寸の虫にも五分の魂」という、気概を駆り立てている。二十分間ほどの殴り書きで、飛んでもないくだらないことを書いてしまった。それゆえに、詫びて結文とするものである。夜明けは、寝床へとんぼ返りをせずにおれないほど、まだ先にある。ほとほと、しくじった文章である。寒中にあって、生きているだけが取り柄である。春近し、永眠はまだ先でいい。