掲示板

大沢久美子撮影

あっ、よく見える!

 古閑さん、見えましたよ。良く写っています。奥様との会話が聞こえてきましたよ。
 それにしても、花々が良く咲いていますね。今の時期、嬉しいですね。

思案は可否半ば

「あす以降をどうするかは寝床で、ちょっぴり思案にくれることになりそうである」。きのうの文章は、このような結びで終えている。確かに、寝床で長く思案をめぐらしていた。ところが、生来、優柔不断の性癖(悪癖)を有する私は、試案は決断には至らなかった。挙句、ほぼ一日、日を替えた先ほどまでに寝床で思案を引きずり続けていた。それでもまだ、「書こうか書くまいか」を決めかね得ず起き出している。きょう12月14日(土曜日)、目覚めて起き出してきている時刻は定時(5時)近くである。だからこの先を書いても執筆時間は、焦ることなくたっぷりとある。ところが、時間切れの思案の結論では、とりあえずきょうは書くのは止めようと決意している。しかしながら一方、これまたあす以降の再始動の可否を恐れて、何らかを書き添えて置かなければならないと思う。ゆえに、いま心中に浮かんでいることをいたずら書きするものである。その一つは、わが心身を脅かしている寒気の強まりである。そして一つは、「今日は何の日?」をめぐらして、「赤穂浪士の吉良邸討ち入り事件」の日である。しかし、12月はこれだけでは済まされず、すでに過ぎたけれど「太平洋戦争の開戦日」(昭和16年(1941年)12月8日)を書き添えて置くものである。いよいよ様にならない文章、いや文章とは言えないものの結びである。すると、きのう同様に寝床にとんぼ返りをして、「博打(ばくち)みたいな二度寝を試みるつもりにある」。文章の体(てい)をなさないいたずら書きは30分ほどで済んで、いくらか太陽熱を恵む夜明けはいまだはるかに遠く、わが身体は寒気でブルブル震えている。

月と金星 

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 先日夕方妻が、「お父さん月と金星が並んできれいに見えるよ」と言うので玄関先へ出て撮ったものです。左上の月は見えますが右下に金星が小さく写っていますが見えるでしょうか。

庭の花

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 以前投稿した花と同じですが、まだ庭に咲いているので再度写して投稿しました。

番外編、だれしも人生は泣くことばかり❗

箱根駅伝、エントリー漏れの選手のブロクを読んで、抑え切れない、涙の感動にひたっています。まだ、生きていて、良かった。

罪つぐないの「そっけない一文」

12月13日(金曜日)。強い寒気に震えて、また強い悔いごとを抱きながら、ほぼ定時(5時)に起き出している。強い寒気を食らっていることには、冬という季節がら仕方がない。一方、強い悔いごとをしでかしているのは私自身であり、仕方ないでは済まされないわが罪つくりである。このところの「ひぐらしの記」にあっては、書き殴り特有に放っていたらエンドレスになりそうな、だらだらと長い文章を書いている。そのせいで掲示板は汚(けが)れて、同時に掲示板を覗く人様の数を示す、カウント数は減り気味にある。こんなことであれば、寒気と文章書きのダブルの苦痛に耐えて、書くことなど止めればいいと思う。確かに、これこそわが身そして読んでくださる人様のためでもある。時は冬の季節にあって、周囲の山は冬枯れの風景を曝(さら)け出している。私は季節を分けず年じゅう、ネタ不足状態を晒している。これらにかこつけてきょうは、身を慎んで長い文章は書くまいと決め込んでいる。ゆえにきょう書くことは唯一、このことだけに留まることとなる。それは、きょうの行動予定における歯医者通いのことだけである。前歯の欠けた後は、今なおほったらかしにして、ポッカリと空いたままである。きょうも、新たな入れ歯や詰め歯を願うつもりはない。なぜなら、普段そんなに不都合なこともないし、それよりなによりこの先の命の短さを鑑みれば、もはや慌てふためくこともない。いやいや、コストバランス(費用対効果)からすれば、どっこいどっこいのゆえでもある。きょうは冒頭のわが意志に則(のっと)り、ここで書き止めである。なんだかそっけなく、かつまた味気ない気もする文章である。しかしやはり、文章書きは30分ほどで済んで、気分はいたって楽チンである。夜明けはまだ遠く、だったら寝床へとんぼ返りをして、博打(ばくち)みたいな二度寝を試みるつもりにある。あす以降をどうするかは寝床で、ちょっぴり思案にくれることになりそうである。

ネタ切れを助ける「母恋慕情」

12月12日(木曜日)。定時の5時より一時間ほど遅い、起き出しをこうむっている。ゆえに、執筆時間にせっつかれて心が焦っている。しかし、幸いにも夜長の候にさずかり、焦りはいくらか和らいでいる。だけど、ネタとなる得意分野を持たないせいで現在、究極のネタ不足に見舞われている。こんなときはいつもこれまで、ふるさと慕情や母恋慕情にすがり、どうにか文章を繋いできた。ゆえにこれらはわがネタ不足を助けてくれる、あてにならない神様に代わるありがたい助太刀(すけだち)である。きょうはその片方の母恋慕情にすがり文章を書いて、ネタ不足の難を免れるつもりにある。しかしながら、書き殴りの上にときたま、ふるさと言葉が交じるために読みにくくなり、予(あらかじ)め謝りしておくものである。魚には出世魚と言われものがあり、大きくなるにつけて文字どおり箔をつけてくる。人間でも貴人の場合は、様々な称号が付いてくる。わが子どもの頃にあっての私は、母の呼び名を「母ちゃん」から、「おっかさん」へと変えていた。のちには外面上、「母」一辺倒になった。他人様(ひとさま)一様の母の呼び名は、煌めくことなく「田中井手(たなかいで)の婆さん」一辺倒だあった。わが子どもの頃の母は、水車(精米所)の内仕事では、父を凌いでわが家の世帯骨を背負っていた。一方で母は、本来の主婦業ではまるで、独楽鼠のごとく土間に精米機械が据えられていた母屋の内外を走り回り、汗だくの日暮らしに明け暮れていた。母の主婦業は単品メーカーではなく一手(ひとて)に、まるで今様の総合食品メーカーの役割を果たしていた。蘇る記憶のままに、母の手が作り出す食品類を連ねるとこんなものがある。昼なお暗い味噌小屋に入っては、文字どおり味噌づくりに奔命していた。年の瀬の今頃では、「しのば」(農作業用の別棟の建屋)で、「こるまめ」(納豆)作りに精を出していた。やや時が進むと、正月用の「餅つき」の準備と、当日の主役を担っていた。渋柿が熟れ出す晩秋にあっては、夜なべして「吊るし柿」(干し柿)をこしらえていた。大晦日にあっては、自作の蕎麦から取って蒸したそば粉を平台に置いて、長い捏(く)ね棒で必死に練っていた。正月・元旦と小正月(15日)の雑煮づくりにあっては、またまた避けて通れない母のひとり舞台だった。正月が過ぎて2月になるとこんどは、ひな祭り用の「かきもちや菱形餅づくり」、併せて「くだけだご」(草餅・ヨモギ団子)、5月の節句には「アズキだご」や「ソーダ饅頭」(パン粉で膨らかしたもの)などもこしらえた。「からいもだご」(サツマイモを平たく切って包んだ団子)、「いもだご」(里芋をまるごと包んだ団子)、栗の季節にあっては「栗団子」、まるで百花繚乱さながらの母の手の団子づくりだった。母は、梅の時季には梅干しも作った。これらの合間には、わが好む赤飯蒸かしと牡丹餅づくりを、時をかぎることなくつくり続けた。総合食品メーカーのみのならず、着物(衣類)の破れているところの縫い合わせ(ふせ)を中心とする裁縫などは、ほとんど夜なべ仕事になっていた。電動の洗濯機や掃除機のない時代の母の掃除は、一仕事とは言えない文字どおり骨の折れる二仕事だった。まだ水道もなく、川水頼りの釜屋(土間の炊事場)仕事、さらには冷蔵庫のない残り物の保存の工夫には、母は全神経を鼓舞しなければならなかった。書き殴り特有に、きょうもまたいたずらに長い文章になっている。だからここで、書き止めでにするものである。ネタが浮かばないときには、無理して書かないほうがわが身、もちろん人様のためでもある。母恋慕情がかぎりなくつのる半面、草葉の陰の母は声なく、わが勝手ぶりを諫(いさ)めているであろう。私は、胸の透く日本晴れに救われている。

大晦日と正月の食事を脅かす、口内炎の発症

12月11日(水曜日)。このところの起き出し時刻は、みずから定時と決めている、5時前後で安定している。だから、このところの書き出しもほぼ変化なく、様にならない。おのずからまた、同様のことを書き添える羽目になる。夜長の候にあって夜明けはまだ先にあり、きょうの天気模様を知ることはできない。しかし、冬の季節に応じてこの先、日々寒気の度合いが増すことだけは、気象予報士の予報に頼らずともわかる。北風や小雪ぐらいは仕方ないけれど、長雨だけは真っ平御免蒙りたいものである。年の瀬・12月にあって、机上カレンダーに記載の「行事一覧」には、ことしの終い月特有に盛りだくさんある。明ければこんどは、年始・1月特有にまた盛りだくさんある。私の場合、年の瀬にあって、来年の準備をしているものは、たったの一つだけである。それは毎年使い慣れている、来年用の机上カレンダーだけは、すでに100円ショップから購入済みである。例年だと準備の一つ、年賀はがきの購入にはいまだに踏ん切りがつかないままである。さて、クリスマスにはケーキを食べることもないからどうでもいいけれど、大晦日の年越しそば、明けてのお節料理を前にして、厄介ごと(難事)に見舞われている。すなわちそれは、久しく発症を免れていた口内炎が、ベロ(舌)に顕れ始めていることである。現在はかつて知っている兆しの症状ゆえに、買い置きの軟膏を塗り、防戦に努めている。ところが、軟膏は古くて固まり、肝心要の薬効切れなのか効果なく、現在は買い替えなど次の一手を模索中にある。こんなことまで書いて、ネタ切れを防いでいる私は、つくづく哀れ者である。付け足しには、こんなことを書こうと思っている。野菜に関して、子どもの頃には好き嫌いがあった。しかし84歳、もはや死に際にある現在は、好きの範疇には入らなくても、どれもが嫌いの範疇から脱して、食卓にのぼれば満遍なくうまそうに食べている。子どもの頃に毛嫌いしていたのは、メニュー(献立)の三羽烏とも言える、じゃがいも、カボチャ、人参である。これら三品は箸先で撥ね退けて、他のもので満腹にしていた。それでも母は、嫌いなものを押し付けることはなかった。ところが84歳まで生き延びて、口内炎だけはいまだに根切れしていないが、なお総じて健康体である。せっかくだから好きなもの三品を順位付けして書けば、ナス、キュウリ、トマトである。嫌いと思えるものは、初めから食わない。総じてそれらは洋物、カリフラワー、ズッキーニ、セロリ、ほか洒落た名の付くものである。私の場合、中華料理だけは別にして、これ以外の他国(異国)料理には食欲が湧かず、食指も延びないのである。極端言えば、御飯に納豆、あるいは目刺し(イワシ)、これらにいくらかお金を張り込めば生タラコなど、おかず一品で十分満足できるところがある。特上寿司を超えて好むものには「赤飯にゴマかけ」で、おかず要らずがある。このところの私は、執筆時間に余裕があるせいで、長々と変な文章を書いてはネタ不足を埋めている。ゆえにきょうもまた、平に詫びるところである。だからここで指先はキーボードから外し、この先は口内炎薬剤のチューブを手にして、固まっている軟膏の押し出しに再挑戦する決意にある。薄っすらと夜が明けて、大空は曇天の冬空模様にある。

「嗚呼、無情」の文章

12月10日(火曜日)。このところの起き出し時刻は、みずからが決めているほぼ5時前後で安定している。この前後だと起き立ての気分に焦燥感はなく、さらには朦朧頭や眠気眼も免れる。きのうも書いたけれど、100円ショップで買えば済むことだけれど、わがパソコン部屋には人工の寒暖計の備置はない。もちろん、わがケチのせいではない。いや、わが身体に無償で備置する生来の「体内寒暖計」が、ほぼ十分に購入の寒暖計の役割を果たしているからである。その証しはこうである。きのうの文章の書き出しにあって、私はこう書いている。すなわち、「きのうまでのこの時間帯と比べればかなり寒気をおぼえている」。ところが、のちに気象予報士は、「気象衛星・ひまわり」や気象庁の正確なデータを基に、「きょうは、この冬一番の冷え込み(最低気温)です」と、報じた。私は、「さもありなん」とほくそ笑んだ。きのうのこの時間帯の冷え込みは現在は緩んでおり、寒気に震えることなくのんびりと文章を書き始めている。しかし一方、心中ではネタ探しに大童(おおわらわ)である。すると、なさけなくも、こんなネタが浮かび始めている。「ひぐらしの記」の終焉へ向かってはこれまで、脅かされる心境の変化のままに、こんなフレーズ(句)を連ねてきた。先ずはもはや黄昏(たそがれ)、続いては風前の灯火(ともしび)、そして直近では「もう潮時、潮時」と、叫んできた。すると現在は、エンスト(命の故障)と言えるかもしれない。実際にはわが脳髄は、確かな「生きる屍(しかばね)」状態にある。子どもの頃に見ていた親戚の大工さんは、鑿(のみ)や鉋(かんな)、また槌(つち)が無ければ、「鶏小屋」や「馬小屋」だって作れず、お手上げにあった。大工さんの状態をわが文章書きに映すとそれは、語彙の忘却はにっちもさっちもいかない状態にある。この状態を寸止めするために私は、大慌てで語彙にまつわる生涯学習の再始動を試みている。ところがもはや、「すでに遅し」の状態にある。すなわち私の場合は、語彙の忘却に遭遇すれば文章は書けない。ところが幸いにもパソコンは、わが脳髄の機能不全を補っている。しかし、パソコンを離れてかつてのように手書きを試してみると、語彙の忘却に唖然とするばかりである。漢字にいたっては漢検一級を取りながらも、実際には小学クラス(程度)の漢字さえ書けない状態に陥っている。こんなときは、つくづく哀れである。手書き漢字のみならず、文章を書きながら語彙の忘れに遭遇すると、立ち往生を強いられて無駄な時間を費やすことが茶飯事(さはんじ)になっている。今も、用いようと思う言葉が浮かんでこない状態にある。ところがこのころは、いっときの度忘れでは済まなくなっている。書きながら自分自身、こんな文章はなさけなく、尻切れトンボをも恥じずに、ここで書き止めである。ああ無常とは言えず、「嗚呼、無情」の文章、と表題を付けよう。わがなさけない心情を笑うかのように夜明けの空は、かぎりなく無垢(むく)の蒼い日本晴れである。「ひぐらしの記」の絶えは寸前にある。

仲冬の日本晴れの朝

12月9日(月曜日)。壁時計の針は5時手前を回っている。パソコン部屋には、寒暖計の備値はない。ゆえに寒暖は、もっぱらわが体温に頼っている。だから、現在の度数を知ることはできない。しかし、寒暖の程度は知ることができる。すると現在は、きのうまでのこの時間帯と比べればかなり寒気をおぼえている。一方、この時季を鑑みればこれまでは、例年と比べて暖かい年の瀬ではないだろうか。とりわけこのところの昼間は、暖かい日が続いている。寒がり屋の私にとっては、これだけで人様からのプレゼントなどまったく要らずで、十分にうれしい天からの授かりものである。きのうは『休めばいいのに、書いてしまった』という、書き殴りの文章にたいして、思いがけなく大沢さまからうれしいコメントをいただいた。おかげで、たちまちわが拙い文章に綾と箔がついた。これこそ、人様から賜る特等のうれしさであり、その証しには不断の草臥れ儲けは吹っ飛んで、効果覿面に疲れが取れたのである。感謝感激とはこんなときに用いてこそ、素敵な日本語の証しである。コメントの応援を得て図に乗った私は、昼下がりから文章どおりの買い物行動を実践した。大沢さまのコメントに加えて、仲冬の空も満天にこの時季特有の蒼濃い日本晴れを彩なして、わが買い物行動を後押した。私はいつもどおりに最寄りの「半増坊下バス停」にあるベンチに腰を下ろして、ひとり巡り来る「大船行きバス」をしばし待っていた。このとき一陣の風が吹いて、見上げる日本晴れを背にして視界に、「落ち葉しぐれ」が吹き舞った。まさしく、番外編の美的風景だった。番外編に思えていたのは、桜の季節の「桜吹雪」を心中に浮かべて、その風景と比べていたせいだった。確かに、桜吹雪も変わらぬ美的風景ではある。しかしながら「落ち葉しぐれ」の風景は、はるかに「桜吹雪」を凌いでいた。あえてこの訳を書けばこうである。一つには仰ぐ背景が冬空特有に、蒼くそして深い日本晴れだったからである。そして一つには、落ち葉しぐれには桜吹雪につきまとう切なさを感じず、ひたすら美的風景に魅せられていたからである。出足好調に私は、気分良く巡ってきたバスに乗車した。わが買い物の街・大船(鎌倉市)は、きのうは日曜日と歳末風景の重なりのせいなのか、いつもにもまして買い物めぐりの人出が溢れていた。人出の多さに遭遇して私は、心中にはこんな思いを浮かべていた。すなわちそれは、ネットによる買い物旺盛の時代にあってもやはり人は、現物を目で見て手に取り、好みや値段を比べながらの買い物行動は必然なのであろう。確かに、現下の物価高にあっては、値段を見ての嘆息は免れない。けれど、そのぶん工夫を強いられる、買い物行動の楽しみもあるのであろう。私の場合は、ずばり買い物行動に価値を認めている。その一つは、人様にまみれることによる認知症防止行動と言えるものである。これに付随することでは、ほかにも多々ある。いや、一つに集約すれば動きのない茶の間暮らしにあっては、買い物行動はそれに代わる惚(ぼ)けや、ふやけた脳髄を緊張させる価値がある。具体的には歩く行動、好みの品物を選び、それらにかかわる値段の比較、さらにはレジに立つお顔馴染みの女性との一言会話の楽しみがある。レジに立つ多くの中年および高年の人たちは、持ち時間単位の今様の非正規働きの人ばかりであろう。ときには故障もする無機質のレジ機に向かって、無言でレジを打つだけであったり、あるときは「カスハラ」(消費者は王様と勘違いする者の虐め)に出遭うこともあろう。だから一声会話、すなわち「こんにちは。いつも大変ですね」「ありがとうございます。お元気で…」。相身互い身、一瞬の疲れ癒しにはなる。きょうも長い文章を書いてしまった。一面、書き殴りの文章の妙味である。夜明けが進んで、胸の透く真っ青の日本晴れの朝が訪れている。