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大沢久美子撮影 大沢先生、感想の御投稿をどうもありがとうございます。 浦和御殿跡地に浦和地方裁判所の庁舎を建て、それも壊してしまうくらいなら、浦和御殿が残っていた方が公園としては様になったのではないかしら。もっとも殿様たちの遊び場だったとすれば、残しておいても贅沢なことかもしれない。浦和の庶民にはどうでもよいことだったのかしら。歴史的建造物が残っているというのはよほどのことがない限り奇跡的なことなのかもしれない。なんて、いろいろ考えてしまいます。 《江戸時代初期は☆浦和御殿☆の現在》 古閑さん、それもまた楽しいですよね。畑を荒らさなければ小鳥たちの訪問も大歓迎なのですが。そうわ問屋が卸さない。ゴンベが種蒔きゃカラスがほじくるなんですよね。うまくいかないものですね。 大沢さん、なんとも可愛いかかしですね。これでは逆に鳥たちは集まってくるんじゃないですか。 この暑さでの望月窯行きと同所での畑仕事は、とんでもなく危険ですので、お出かけにならずで、よろしいかと思います!! このところの猛暑と諸般の事情で実家へ行けないでいる。やっぱりストレスが溜まる。そこで過去の望月窯の画像を眺めていると、昔むかし「かかし」に凝ったことがあって、実家の畑に飾ったことを思い出して懐かしくなった。古い布団の綿をつめて、古着をほどいて作り直した洋服やスカート、夢中で作って出来上がると実家へ持って行って、かかし代わりに畑に置いた。雨ざらしになってボロボロになるまで畑仕事のお供として、通る度に声をかけたりして楽しんだ。 トウモロコシとキュウリの本葉が出て来て良かったですね◎◎ 流星群、流星群だよりに投稿くださっている方々の中に故郷が熊本にある方、また在住の方もいらっしゃいます。このたびの大地震に見舞われて大変な思いをなさっておられる方々にお見舞い申し上げます。未だに余震が続いているとのことで本当に心配です。
♪大沢先生へメッセージです♪
先生のおっしゃる通り、たぶん浦和の庶民にとっては、どうでもいい事だったかもしれませんね。
浦和御殿ではなく、浦和城というお城だったら、話は別だったのかもしれません。浦和御殿跡
♪HIROKIのタレント日記♪
画像は、さいたま市浦和区常盤(ときわ)1丁目にある常盤公園です。
歴史学になりますが、1601年(慶長6年)に江戸幕府初代将軍徳川家康公によって、この地に☆浦和御殿☆が建設されました。
江戸時代は、1603年〜ですから、幕府開幕前に築かれた事になりますね。
家康公と2代将軍徳川秀忠公の鷹狩りのための休憩所兼宿泊施設として、利用されたそうで、1611年(慶長16年)に廃止•取り壊しされるまで存在していました。
家康公と秀忠公が浦和の地まで来ていた!! となると本当に歴史を身近に感じますねーー。
その後は、江戸幕府直轄地『御林』として、杉やヒノキが植えられたそうです。
明治時代になり、1893年(明治26年)に浦和地方裁判所の庁舎が建てられて、1973年(昭和48年)まで続きました。
画像の赤レンガ塀は、浦和地裁時代の名残りです。
何年か前に浦和区役所からアンケートが届き、☆浦和御殿☆を復元して、浦和の名所にしてはいかがででしょうか? と提案した事もありました(大笑)。
という事で、☆浦和御殿☆にロマンを感じるHIROKIでした☆望月窯だより
鳥を集めるかかし
♪大沢先生へ『望月窯だより』の感想です♪
掲示板冒頭画像の『オシャカワかかし』は、見ていて本当に楽しくなりますね♪♪♪望月窯だより
◎大沢先生へメッセージです◎
ナスは、今後の生長と収穫が楽しみなところですねo(^o^)oお見舞い申し上げます。
こういうときに電話やメールはご迷惑と思い、掲示板でお見舞い申し上げました。ご容赦ください。




