掲示板

坂本弘司撮影

秋の日暮らし

9月は早や半ばに差し掛かっている(9月13日・金曜日)。9月に入り懸念していた地震はこれまで無く、一方、台風は13号を数えるけれど、幸いにもはるか彼方でさ迷っている。確かに、残暑は連日厳しいもののこれまでのところ秋は、それでも面目(めんぼく)に適(かな)う好季節を恵んでいる。ところが私は、夏風邪のぶり返しを被り気分が憂鬱になり、さらには日常生活における雑念を払いきれず心象が曇り、挙句、文章は沙汰止みを続けている。だから、こんなみすぼらしい文章を書いてでも、再始動にありつきたいと願っている。ゆえに、きょうはここまで。恥を晒した。だけど、生きている証しにはなる。秋天高い、日本晴れの夜明けである。

♪大沢先生へメッセージです♪

先生、感想の御投稿をどうもありがとうございます*(^o^)/*\(^o^)/
そうですね♪♪
幸いにも荒らされたりせずに生長して拡がりが出てきていますので、嬉しいところです(o^^o)

しっかり出現しましたね!

 ハートマーク庭園、良い感じです。ポットに入っていた花の苗が、伸び伸びと美しく広がりましたね。まだまだ咲き続けますよね。皆さんのお住まいからもよく見えて、楽しまれていることでしょうね。

♪HIROKIのタレント日記♪

IMG_9923-0.jpeg IMG_9924-1.jpeg IMG_9925-2.jpeg IMG_9926-3.jpeg IMG_9927-4.jpeg

《♡ハートマーク庭園♡花々充実!!》
我が居住マンションの中庭にある♡ハートマーク庭園♡ですが、花々が充実して咲いてきて、”ボリューム感”が出てきましたo(^-^)o
7月には、花々が咲いてきたので、投稿しようと、写メを撮ったのですが、ボリューム感に欠けていて、インパクトのある画像にはなりませんでしたので、投稿を見送っていました。
今回は、♡◯イイ感じ◯♡に撮れましたので、投稿させていただきました♪♪♪♪♪

◯大沢先生へ『望月窯だより』の感想です◯

ヘチマタワシですが、緑色のヘチマのまま煮て作る方法があるのですね!!!
幼少期の祖父母宅には、ヘチマタワシはありましたが、作っているところを見た事はありませんし、作り方の話も聞いた事がありませんでした。使い込んで変色したのか黄色っぽい色をしていました。
◯望月窯のヘチマタワシ◯は、白色で清潔感があって素晴らしい、と思いました◯◯◯

♪前田さんへメッセージです♪

前田さん、老若男女を問わず人間であれば、へまはしでかしますので、どうかお気になさらないでくださいね。
認知症についてですが、指を動かす事は、かなりの予防になるそうですo(^-^)o
前田さんは、毎日の☆『ひぐらしの記』☆御執筆は、パソコンのワードの機能を使って、手入力でお書きになっていらっしゃいますので、安心してよろしいのではないでしょうかv(^_^v)♪
きょうも前田さんへ ☆大大大エール☆を贈ります(^O^)/(^O^)/(^O^)/(^O^)/(^O^)/(^O^)/(^O^)/

散々な一日

きのうの昼間こそ厳しい残暑に見舞われたものの残暑の期間は短く一転直下、夏を遠のけて秋の気候へ様変わっている。その証しに朝夕の心地良さは格別である。きょう(9月6日・金曜日)の夜明けは曇天だけれど、心地良い秋に朝が訪れている。ところが、起き立てのわが心象にはきのうの悔いごとが消え去らず、ちょっぴり残っている。きのうの私は、いつもどおりに完結編の文章を書いた。私の場合、どんな駄文であっても書き終えたときの気分は、さわやかな日本晴れである。もちろん、呻吟して書き終えるせいである。ところが、書き終えてのちに掲示板を覗くと、まるで気狂いで書いたかのような、へんてこりんの文章になっていた。どういうわけか、へまをやらかしていたのである。なぜそうなったのか、今なおわからずじまいである。挙句、わが指先の不器用のせいであろうと悔いを残して観念している。わが文章書きの習性は、ワードで書いた文章を保存し、それをコピーして掲示板へ移している。しかし、きのうにかぎりこの過程を抜いて直接、所定のところに書いて投稿ボタンを押した。ところが、掲示板上の文章はちぐはぐなものだった。私は慌てふためいて、「削除」を依頼した。いつもであればワードに文章が残っているから再投稿を試みる。だけど、きのうの文章は直接書いたものゆえに保存がきかず、再投稿は叶わずじまいだった。きょうはこんなくだらないことを書いて、書き止めにするものである。きのうのわが私生活には、二つのへまをやっていた。一つは長くガス湯の垂れ流しである。気づいたのは、東京ガスからの電話で鳴りっぱなしの警告メッセージによるものである。一つは電源を切ったはずの、エアコンの点けっぱなしである。きのうは散々な日だった。わが注意力は、一足飛びに認知症へ傾いている。さわやかな季節・秋の訪れにあって、私は素直に喜べない心境にある。

望月窯だより

2024_09_06hetima1-0.jpg 2024_09_06hetima-1.jpg

今ごろになって古河の実家のヘチマが花盛りになった。雌花も結構出て来ているまで、楽しみだ。我が家のベランダのヘチマは一本だけ実が大きくなり、黄土色してきた。ネットで調べてみると、緑色のままヘチマタワシを作っているので、私も思いきってやってみることにした。ヘチマの実は六等分ぐらいに輪切りにして大きなナベで三十分ほど煮た。柔らかくなったので水に浸して冷まし、皮を剥くと白い編み状の繊維が出て来た。あとはひたすら揉んで種をだし、干して乾いたら完成。もったいなくて使えない。

のどかな秋の夜明け

9月4日(水曜日)。のどかに晴れた秋の夜明けにある。きのうの天候までは台風10号の影響をこうむり、愚図ついた雨模様が続いた。だから、きょうの夜明けののどかな晴れは、ようやくそんな状態を脱して、ようやく季節(秋)本来の気候になりそうである。やはり自然界の恵みは、人間界にとっては甚大である。ところが私の場合は、なおしくじりが続いている。きのうあたりから収まりを願っていた夏風邪は、願い叶わず快方へは向かわず、ぶり返しをこうむっている。そして、風邪薬の服用が続いているせいで、寝起きが遅れてしまった。そのため切迫時間をこうむり、この先の文章は書けず、書き止めを食らっている。現在は、のどかな秋の夜明けにすがり、鬱気分の直しを願っている。

余生が付き纏う、わが日暮らし

夏の終わりかけにひいて、こじらせていた夏風邪はようやく収まりかけている。それでもまだ完治ではなく、ぶり返しに慄(おのの)いている。ほぼ例年繰り返す夏風邪は私の場合、明確な鼻炎症状である。ゆえにこれに見舞われと気分は、たちまち憂鬱状態になる。挙句、物憂くすべてのことに気力が殺がれてくる。せっかくの秋・好季節にあって私は、長引くことを危ぶんでいた。しかし、幸いにもきょうあるいはあすあたりから、快方へ向かうかな? と、望みをかけている。きのうの文章には、こんな表題を付した。すなわちそれは、「秋、さわやかな始動」である。夜明けに感じたことをそのまま表題にしたのである。ところが、この表現に背くことなくきのうは、夜明けにかぎらずほぼ一日じゅう、さわやかな秋の気候に恵まれた。夏風邪症状はかなり出足を留めたけれど、それでも私は、委細構わず普段の大船(鎌倉市)の街へ、買い物に出かけた。買い物ルートにしたがって先ずは、「大船市場」へ足を運んだ。すると、売り場はすでに「実りの秋」の先駆け(序章)状態を成していた。実際には「果物の秋」、旺盛状態を成していた。葡萄、梨、桃、そしてほかにもいろんな果実、さらには早出しの栗、柿、蜜柑さえ並んでいた。僅かに夏の名残をとどめていたのは、売り場を狭めて輪切りの西瓜が数個、置かれていた。これらを眺めて私は、こう決意した。(ことしは、実りの秋をたっぷりと愉しもう)。つくづく、バカな私である。なぜなら、こんなことが脳裏を過(よぎ)ったのは、(あと何年かな…)と、めぐり来る秋を浮かべていたからである。わが日暮らしには常に、余生の年数が付き纏っている。きのう(9月2日・月曜日)の一幕である。きょうの夜明けは小雨模様である。