7月11日(火曜日)、朝日は未だ起きずに、雲隠れ中である。私はすでに起きて、身につまされた思いを浮かべている(4:25)。私はこの先あと何度、朝日を迎えるであろうか。それまでわが命、持つであろうか。
きのうの私はまさに「恩に着る」、朝日の輝きに後押しされて、気の乗りのしない予約済の歯科医院へ向かった。予約時間は午前10時、定期路線バスに乗車し、9時45分頃に、外来待合室へ入った。待合室に人の姿は見えず、院内特有のひっそり閑が漂っていた。院長先生はじめスタッフの姿も、受付の開いた小窓越しに垣間見えず、集音機を嵌めた耳にも、足音や物音を感じない。私はこの日もまた、帰りの買い物を考慮し、国防色の大きなリュックを背負い、出かけてきた。リュックの中から分厚い財布を取り出した。財布が分厚いのは札のせいではなく、数多の診察券とポイントカードを含むカード類の多さのせいである。加えて、健康保険証や介護保険証も、膨らみに一役買っている。窓口係(奥様)の姿は見えない。それでも私は、窓口に置かれている「診察券と保険証をここに入れてください」の表示のある箱に、意識して、聞こえるように「ドスン」と入れた。ドスンが呼び水になったのか、すぐに奥様が小窓を開かれて、診察室の方へまわられた。こんどは、診察室のドアを開けて、「前田さん、お入りください」と、一声かけられた。私は(あれ! 早いな)と、怪訝(けげん)な面持ちで、「おはようございます」と言って、神妙に診察室へ入った。診察室には院長先生、奥様、そして一人の顔見知りの若い女性・歯科衛生士の姿があった。歯科衛生士は、三つほど並んでいる診療椅子の一つに、私を導かれた。私はリュックを足場の所定のところに置いて、そのうえに外したマスクと眼鏡を置いた。診療椅子に腰を下ろした。横に置かれている紙コップを手に取り、勝手知った口すすぎを三度した。院長先生がそばに来られた。私は「おはようございます。よろしくお願いします」と、言った。診療椅子が倒されて私は、院長先生が診療しやすいように、生来の大口をさらに精一杯開けた。患者・私の唯一の切ない優しさである。院長先生は早口で、この日の施療の説明をされた。長ったらしい序章はこれまで。いよいよ、厳しい宣告の訪れである。院長先生の言葉が、わが耳を覆ったのである。
「治療が終わるまで、最後の入れ歯を入れるまでには、この先2か月ほどかかります。9月半ばころまでかかります」
大口を開けていた私は、納得や抵抗の言葉は吐けなかった。
この日の診療は終わった。渋々私は、診察室から離れて、立ち居振る舞いをされている院長先生の横を「ありがとうございました」と言って通り、診察室を出た。このとき、院長先生の呼応なく、わが気分は沈んだ。
待合室へ戻りしばらく、ソファに座っていた。受付の小窓が開いて、「前田さん」と呼ばれた。やおら立ち上がり、小窓へ近づいた。「お待たせしました」「お世話になりました」。次回の予約日の応答の末に、「次回は、7月18日、火曜日の午前10時です」と、決められた。私はこの先の2か月、(何をされるのだろう?……)。腑に落ちない気分で院外へ出た。この先の買い物めぐりには、さらに腑に落ちない気分がいや増していた。挙句、やけのやんぱち気分が旺盛だった。2か月、わが命は持つであろうか。
すっかり夜が明けて、朝日は皓皓と輝いている(5;20)。きょうもまたわが気分直しは、朝日すがりである。