人生行路における「不運と幸運」

 「合格証書一級前田静良 あなたは文部省認定平成八年第三回漢字能力試験において頭書の等級に合格したことを証明します。平成九年二月二十四日 財団法人日本漢字能力検定協会理事長大久保昇 第九六三00000六一号」。私の人生行路における文章書きにかかわる不運は「三日坊主」より生じて、のちのち後悔と祟りに苛まれ続けている。何度か日記を試みたけれど、そのたびに三日ともたずに挫折を繰り返し、断念の憂き目に遭遇し続けた。もし仮に日記が続いていたら六十(歳)の文章の手習いにあって、おぼつかない脳髄の記憶頼りにならないで済んだはずだと、いまなお悔み続けている。「後悔は先に立たず」と「後の祭り」の同義語を重ねて、至極残念無念である。
 冒頭の認定証は、定年(平成12年)後のありあまる時間を危ぶみ、かつそのときのわが日常生活をおもんぱかって、やり始めた確かな証しとして用いたものである。すなわち、わが本棚の上に置く、埃まみれの額入りの日付証明書である。これを見て顧みるとわが文章書きの手始めは、定年を間近に控えた4年前の頃からである。
 一方、私の人生行路における文章書きにかかわる幸運は、街中の本屋における「無償の立ち読み」からもたらされている。具体的には漢字検定一級への挑戦は、勤務する大阪支店における単身赴任のおり、大阪・梅田の「紀伊国屋書店」の立ち読みが発意である。書棚の雑誌を手にとりめくりながら、(これくらいなら、自分もできるかな?)。初受験にもかかわらず下級を飛び越え、最上位級(一級)を受けて一発で合格できたものである。もう一つの幸運は、買い物の街・大船(鎌倉市)に在った本屋の立ち読みから生じている。雑誌コーナーに競い合って並んでいたものから、一つの雑誌を手にとりつらつらとページをめくったのである。そして、出合ったのは「日本随筆家協会」(神尾久義編集長、故人)と、そのときからのちのち現在にいたるまで厚誼を賜り続けている「現代文藝社」(主宰大沢久美子様)である。
 結局、定年後を見据えたわが文章書きは、「不運と幸運の抱き合わせで」で発端を成している。そのスタートラインは平成8年(1996年)頃、そして現在は令和5年(2023年)。長いなあー、能無しの私は、疲れるはずである。