十二月九日(金曜日)、年の瀬の時は河口(大晦日)へ向かって、まさしく早瀬のごとく流れている。しかし、川の流れとは違って、音のない静寂な流れである。私は無事に流れ先知らぬ、大海へ辿り着くことができるであろうか。人生の晩節を生きる、わが素直な感懐である。人生行路にあっては、私にかぎらず人みな、時に応じて様々な思索や感懐をめぐらしている。そしてそれらは、人生行路における人生訓として詠まれて、四字熟語や成句を為して、後世へ残されている。もちろんその数は無限大にあり、誰もがとうてい覚え、また憶えきれるものではない。すぐに浮かぶものでは、美的風景を愛でる四字熟語の「山紫水明」があり、そして打算そのものの成句では「花より団子」がある。ところが私の場合、常々脳裏にこびり付いているのは、四字熟語では「自業自得」であり、そして成句では「後悔、先に立たず」がある。共に、怠け者のわが身がしでかした悪の報いと、文字どおりの悔いごとである。確かに、人生の晩節にあって、過去のことを浮かべて気分を損ねるのは、「愚の骨頂」の極みである。もちろん、わかっちゃいる。だけど、常に愚かなこの気分が付き纏っているのは、やはりわが小器ゆえである。生来、「身の程知らず」、いやとことん知りすぎている大損のわが性分である。「楽あれば苦あり、苦あれば楽あり」。これは、いっちょおぼえの母が、唯一私に遺してくれた人生訓である。ところが、人生の晩節を踏む私は、それに背いて祟り(罰)を被り、後悔まみれになっている。人生行路は、艱難辛苦の茨道。顧みても私には、必ずしも楽な道を歩いてきた記憶はない。結局、現在の私は、どうにもならないことに嘆いている。だとしたらこの先は、偽ごとでも鷹揚に構えて、楽天家の道を踏みたいものである。しかし、遅きに失してもはや、私は袋小路を歩いている。こんな迷いの文章が、「夢の100号」に編まれるのは大恥である。悪夢から覚めて現実に戻れば、きのうの私は、妻の五度目のワクチン接種にたいし、引率同行の役目を果たした。歩いてはすぐ止まり、再び歩き出してはまた止まり、呼吸をととのえる妻の姿に、夕闇が迫っていた。妻は泣きべそをかく暇なく、必死に歩いた。傍らの私は、泣きべそでは収まらず、両眼に涙を浮かべていた。いずれはわが身に訪れる、妻の哀しい歩行光景だったのである。帰り道には店頭に並べられている妻が大好物の寿司棚を二人で凝視して、妻の指先に任せて「これも、あれも」と、たくさん買い込んだ。ようやく帰り着いた夜の帳の下りたわが家の夜の食卓では、二人して和んでいた。書き殴り文は、思うままになんでも書いていいから、わが好むところである。書き殴り文ゆえに、字数多くとりとめなく書いたけれど、夜明けはまだ先のところにあり、朝日が虎視眈々と出番を窺っている。