やんぬるかな! 吐息

 今さら言うのも烏滸(おこ)がましいけれど、新型コロナウイルスの終息の兆しはいまだに見えない。それどころか、メディアの報ずる感染者数を見るかぎり、再び勢いを強めて増える傾向にある。世界的にもこの傾向は、日々伝えられてくる。きわめて、厄介なことである。この先なお続けば、人の営みすなわち日常生活は、おのずから大きく様変わることとなる。なかんずく強いられる行動の抑制や自粛は、人間社会の本質を変えそうである。仕方なく、行動自体をびくびくする人間社会の現出となる。すなわち、人の行動が抑制されたり、自粛を余儀なくする社会になれば、おのずから人の集合体の社会は様変わる。実際にもこのことは、すでにこれまで様々なところで変化を強いられてきた。
 人の個人生活はもとより社会は、人の行動を当てにして組み立てられている。このところ、数値をともなってその現象が伝えられているものには、空の便すなわちANA(全日空)やJAL(日本航空)などの航空業界の業績不振(多額の赤字)がある。この先もなお、欠航や減便を余儀なくすれば、業績不振はさらに深まることが予測できる。ほかさまざまな業界においてもこのことは、容易に予測できるところである。確かに、経済社会が病めば必然的に人の生活不安は、破綻の恐怖をともなって増幅する。現下の日本社会はその渦中にある。そしてなおこの先、新型コロナウイルスの終息が長引けば、人はこの渦に怯(おび)えることとなる。もちろん、私が喚(わめ)いてもどうなることでもない。しかし、どうにかならない! かと、喚きたい秋の夜長である。
 十月二十八日(水曜日)、白々と夜明けの空が訪れている。