十一月二十二日(火曜日)。夜の静寂(しじま)の頭上の二輪の蛍光灯の明かりは、十五夜の月光に肖(あやか)るかのように、皓皓(こうこう)とふりそそいでいる。現在の時刻は、夜明け未だの四時前にある。夜明けの遅い仲冬ゆえに、こんな表現をしても、もちろん嘘っぱちでも、大袈裟でもない。
夜の静けさは、人間界に授けられた天界の恩寵(おんちょう)である。実際のところは、太陽の恵みであろう。わが下種(げす)の勘繰りをすれば、夜なく昼ばかりでは寝ることなく労働を強いられて、人間は命を縮めるであろうという、太陽の粋なはからいに思えている。学業成績(テスト)において、化学および物理共に常に赤点だった私は、そのたびに科学のもたらすロマンより、わが心の描く空想にロマンを掛けてきた。かなりの負け惜しみだけれど、まんざら嘘っぱちでもない。いや人間は、心の描くロマンこそはてしなく、夢見る心地にありつけるところがある。
さて、ロマンは止めて、現実に戻ろう。寝床から起き出して来た私は、すぐさまこんな行動をとった。階下に寝ている妻を気遣い、階段を下りて洗面所へ行った。そこに置いていた口内炎治療薬(軟膏)を指先に少し取り、鏡面に向かい患部を睨んで、ベロ(舌)の穴ぽこを中心にして、左右満遍なく塗り付けた。これが済むとパソコンを起ち上げている。そして現在の私は、口内炎の痛さを必死に堪えて、なおかつ、塗った軟膏が患部からずれないようにと、唇を固く結んでいる。何事においても敵を倒すには、先手必勝が戦闘の常道である。
このことは愚か者の私とて、十分知りすぎている戦術・戦法である。ところが、このたびの口内炎との闘いにおいては、後手に回ってしまったのである。あからさまにいや文字どおり私は、「後悔は先に立たず」という、悔いある現象をさらけ出したのである。口内炎の発症には、胃部不快がつきものである。あるいは逆に、胃部の損傷が口内炎を招くのか? こんな訳の分からぬ道理はどうでもいい。ただただ私は、口内炎の痛みと、胃部不快から逃れたい一心である。そうしないと三度の御飯は、旨くも楽しくもなく、生き続けるための虚しい「餌(えさ)」にすぎない。
早く、逃れたい! 何らあてにならない神頼みなどは捨ててきのう、後手になった闘いの一つを敢行したのである。私は、大船(鎌倉市)の街中にある行きつけのドラッグストア・「ダイコク」に赴いた。そして、口内炎用には「口内炎治療薬・ラウマー軟膏」(万協製薬)、胃部の不快鎮めには「整胃薬・セルベース錠剤」(エーザイ)を買った。ラウマー軟膏の効き目は未だしである。一方、セルベース錠剤は著効を示している。後者は義理でもこう言わなければ、恩義に背くとになる。なぜなら、セルベース錠剤は、わが現役勤務の会社が産み出した優れた薬剤であり、そのうえわが年金生活の大元を為しているからである。このことを書くために「だらだら文」を書いてしまった。
夜明けはまだ遠く、私日記定番の天気模様は記せない。パソコンを閉じて寝床へ戻っても、二度寝にはありつけそうにない。だとしたら、再び階段を下りて、軟膏を患部に塗りたくってみようかな? と思う、虫けらの浅ましさである。