切ない「特上寿司」

九月十一日(日曜日)、いまだ夜明け前の暗闇にある。夜が明ければ快い秋風をともない、朝日が輝くであろう。きのうの昼間の胸の透く秋空を見上げて、私はこんな思いを膨らましていた。すなわち、天変地異のない自然界の恵みは、人為のどんな恩恵をも凌ぐものがある。こんな思いをたずさえて私は、秋天高い日本晴れの下、買い物用の大型のリュックを背負って、ヨタヨタ足で歩いていた。両手には有料のレジ袋に変わって、持参の布製の買い物袋を両提げにしていた。この光景は、買い物における定番のわがスタイルである。しかしきのうの場合は、いつもとは違って荷崩れを案じ、かなり神経を尖らしていた。さて、「ひぐらしの記」は、私日記ゆえにきわめて私的なことを書き続けている。妻は、「ひぐらしの記」は一切読まない。十五年の継続にあっても、まったく無関心のままである。私は拍子抜けというより、つまらなさをおぼえている。ところが、妻が読まない幸運もある。もちろん私は、妻が目を剥く文章は書いていない。しかし読めば妻は、わが文意を曲解し、難癖をつけられたり、怒りをこうむる恐れはある。妻は神奈川県逗子市出身、年齢差は私より三つ年下である。出会いの経緯は、過去の「ひぐらしの記」に書いている。なれそめなく、ぎこちない見合いである(大学友人の従妹)。書くまでもないことを、仰々しく書いた。もし仮に、妻が盗み読みでもすれば、私に向かって目を剥くであろう。単行本にすれば、いくらか恐れるところある。しかし、パソコン上の文章だから、その恐れはない。さてさて、きのうは、妻の誕生日だった。それによる買い物の目玉は、妻が好む「特上寿司」だった。荷崩れに気を揉んでいたのは、パック入りの寿司をおもんぱかっていたからである。かつての誕生日のお祝いは、居酒屋「きじま」の昼懐石か、あるいは大船駅中にあった立ち食い寿司店「千寿司」だった。今や、遠い佳き思い出である。ところが現在の妻は、腰を傷めて外出行動を渋り、無理して出かけば、私は介助同行役である。それでも私は、「きじまへ、行こうかね…」と、呼びかけてみた。妻の応答言葉は、「パパ。行かなくていいわよ。わたし、行きたくないわよ」。かつての千寿司は、経営者を替えて今は馴染みなく、すっかり足が遠のいている。大船の街には、かつてあった回転寿司さえ今はない。昔ながらの専業の小奇麗な寿司屋もない。頼るところは、スーパーの出来合いの寿司である。ただひとつだけ趣を異にする店には、海産物だけを商う「鈴木水産」がある。そこには店の一角に、スーパーよりいくらか生々しく見える寿司が並べられている。ワンパックで最高値段は、1200円のものである。特上寿司という表示はないけれど、私はがわが財布と相談して勝手に、「特上寿司」と名付けている。特上寿司の目玉は、ウニと大きなエビである。私はそうでもないけれど、妻はどちらも飛びっきりの大好物である。「きじまへ行かないなら、鈴木水産から特上寿司を買って来るよ」「パパ。高くてもいいの?…」「高くないよ。おまえ、寿司が大好きだから、大船へ買いに行ってくるよ」「パパ。ごめんね!」。書き終わってみればなんだか侘しく、わが甲斐性無しのお里の知れる文章である。夜が明けてみれば期待は外れて、大空は風まじりのお雨模様である。こんな身も蓋もない文章には、表題のつけようがない。