稲 葉 亭著
三百ページの分厚い戯曲集である。六つのコメディーが収録されている。これらは題名を見ただけでは、これから舞台で展開されるドラマがどんなものかまったく想像もつかない。しかし、読者の想像力は掻き立てられる。
著者は言う。「面白くなければコメディーではない。では面白いだけでよいのか」 この面白いというのが曲者である。ただ笑い転げておしまいのドタバタ喜劇を頭に描いている読者にとっては当てはずれであろう。ここには登場人物たちの何気ない会話の中に思わず吹き出してしまう滑稽さ、笑った後に笑って済まされない諷刺が効いた内容がきっちりと盛り込まれている。
浮浪者ジョンがひょんな事からユートピア王国の統治者に選ばれる「キングダム」、赤字の大病院に超診断装置スーパーヒポクラテスがやってきて、閑古鳥が鳴いていた病院には患者の行列ができるが、さて病院の行く末は「医話情スキャナ横流」、舞台は法廷、クロツラヘラサギが不法入国者として裁判にかけられるのだが、その判決はいかに「鳥裁判」、鍋がぐつぐつ音を立てている。その中には湯葉、とうふが煮られて熱い、熱いとうめき声をあげている。鍋の外では調理されたささげ、つみれ、あん肝の食材たちが、ギリシャ的神々に食される儚い運命を嘆き合っている。彼らは果して神々に食べられてしまうのか、「湯葉・とうふ・あん肝・ささげ・つみれ汁」、二十世紀最後の大統領選挙は、ニュートン候補とワシントン候補の一騎打ち、勝敗は如何に、「林檎のニュートン/桜のワシントン」の六編である。著者はあとがきで、レーゼドラマかも知れないと書いているが、読者は演出家になったつもりで読んでみてはどうだろう。新しい風を予感する一冊である。(自費出版ジャーナル第18号)