須永 勝著
本書は自叙伝である。著者も後記で書いているが、誰にも、どこの家にもある数知れないドラマと歴史、そして自分では決して結末を書くことの出来ない作品である。
昨年(一九九九年)、三十一年間勤務した小松製作所を退職した著者は、十年程前から書き残してきた著者と妻と子供たちの来し方とそれに関わり支えてくれたたくさんの人々との思い出を、六十才を迎え、還暦・定年の記念のひと区切りとして出版した。
著者の父は、シベリア捕虜収容所から生還し、栃木県小山町に小さな茅葺き屋根の家を借りて理容室を開設した。当時は土間に板を張り鏡を取り付けた三・七五坪の店に手製の椅子を置いただけの店であったが、朝から晩まで超の字が付くほどの繁盛ぶりであった。
その父との確執から始まって青春時代、夢と希望を膨らませた結婚生活の現実へと、次第に読者は著者の歩んできた世界へどっぷり浸かっていく。まるで、著者の過去を読者が経験したような錯覚に陥るほど、その内容は親しみ易くそれでいて誰にでもあるというようなありきたりのものではない。
結婚後、妻千恵子を見舞う左股関節不全という不幸、しかし夫婦はこれを見事に克服していく。いつも前向きな生き方には本当に拍手を送りたくなる。
この作品に出てくる人々の何と生き生きして清々しいことか。これは、著者の誠実な人生観にあると思う。どんなことにも精一杯立ち向かう生き方にある。
この著書は、人生をいかに生きるかという問いに勇気と希望をもって答えてくれる一冊である。
横になり絵本を読めとせがむ子の癖も又よし今日は退院(健一入院より)
二杯目を酌いで貰えず飲み干せず酒にも義父の思い出があり(大光寺より)
(自費出版ジャーナル第29号)