十四歳で不治の病といわれているナルコレプシーを発病した著者が、孤独と絶望に襲われながら人間らしく生きるための闘いを俳句と文章で綴った自分史である。
ナルコレプシーとは俗名居眠り病ともいわれる病気で、その治療法は、薬を飲んで夜と昼を調整する以外にないという。著者は中学三年の受験期に寝不足から体調不良になって発病したが、二十八年間病気と確認できないまま過ごし、病気と判明してからも病気を理解しない社会の中で、自らの存在について問いながら、たった一人の闘いを続けてきた。
郵政職員として勤めた二十五年間を含め、十八回の転職をしながら、一労働者に徹して社会や職場の差別や偏見に厳しい眼を向け、労働組合で闘い、俳人として作品を書き世の中に発表することで問題を投げかけ、警告を発し、自らも生きることへの意欲を触発された。
親兄弟にも精神的には見放された私は、一病息災で生きて来た。そしてささやかではあるが、作品を書く事によって、孤独から抜け出し、人間としての存在意識を感じ
るようになった事……略……何十億年という気の遠くなるような時を経て、育まれた地球の生命を感じるようになった事である。……略……人間は何のために努力し、どう生きて行くか、それはより「幸福」を求めての事のはずである。物質的に豊かな事は幸福には継らない。……略……人間一人の力など、大海に浮かぶ木の葉のようなものであるかも知れぬ。しかし木の葉も何かしなければならない。食って寝て死を待つ気にはなれないのである。(まえがきより)
著者は、この「霧の道五十年」のあとがきにも書いているが、十五年前にも自分史を出版している。しかしその時には自分の人生を大きく変えることになったナルコレプシーという不治の病と向き合うことが出来なかったため、出版後も充実感を得ることが出来なかった。
今回の出版を機に書きたいことが次から次と出てくると著者はいう。著者にとって、新たな出発の本である。
第一章 生いたちと転職
蜂蜜で生命拾いし霜の朝
病い負い農高に入る余寒かな
職退いて湯治に賭ける秋の月
忍び寄る死の影を斬る冬の夜
青空や届かぬ道の花こぶし
第二章 郵便配達員時代
闘いは赤いポストのめぐりより
年休も出ぬに南の海へ行く
郵便を作家に渡す花の下
散る時はやけに儚し寒椿
ストライキそれが踏絵の十二月
第三章 退職、その後
学び舎も所詮は職場となる四月
もやしの子水に漂う夜の校舎
役人は刃物使わず首を斬る
還暦の首に冷たし秋の風
霧の道今だに晴れず五十年