三月一日(火曜日)、正真正銘の春が来た。その皮切りの夜明けを迎えている。体感温度と気温は、様変わりに緩んでいる。このことを記すだけできょうにかぎれば、多言や長い文章はまったく不要である。確かに、わが心身は、沸々と喜びにあふれている。
過ぎ去ったこの冬の日本列島にあって、多雪地帯や地域は史上最高あるいは最多の豪雪に見舞われていた。わが身体は、寒さでブルブル震え続けていた。わが齢(よわい)八十一年にあって、際立って寒い冬だった。しかし、まったく抵抗できない自然界現象ゆえに、私は手をこまぬいて寒さに耐え続けていた。
わが知恵のほどこす唯一の抵抗策は、冬防寒重装備の着衣と、寒気を遮る羽毛の冬布団と、さらには厚手の毛布を重ねた寝床だった。それでも、例年にない寒さは、日々わが身体のみならず精神を脅かし、懲らしめ続けた。もちろん、必死に耐え続けた。それでも、寒気とつらさが骨の髄まで沁みた。自然界現象に、恨みつらみはご法度(はっと)だし、ひたすら耐えざるを得なかった。
ところが、きょうからの春三月の訪れは、早やこれまでの寒気を棒消しにしそうである。とりわけ、春三月初日の現在の体感温度と気温は、重ね着を一枚脱いでみたけれど、なお暑苦しさを感じるほどの様変わりようである。時ならぬなごり雪や、寒気のぶり返しは真っ平御免だけれど、私は春三月の訪れに気分良く酔いしれている。しかし、好事魔多し。なかんずく、天変地異の恐ろしさは、とくと肝に銘じている。
春三月初日の朝日が満天に輝き、のどかに地上にそそいでいる。多言は弄してはいないけれど、むやみに長く書きすぎたかなと、恥じ入るところはある。