色褪せた「結婚記念日」

 歯の激痛に見舞われて耐えきれず、きのうの文章は頓挫した。まさしく、七転八倒の痛さに取りつかれて、男涙が瞼を濡らし続けていた。きのうは「建国記念日」(二月十一日・金曜日)であり、掛かりつけの「大船の街」の歯医者をはじめ、最寄りの行きつけの開業医院も休診だった。このため仕方なく、妻が貰っていた痛み止めの在庫を手あたりしだい漁り、ようやくいくつか服用した。しかし、大した効果は顕れず、なお悪戦苦闘を強いられていた。最寄りの薬局へ出向いて、新たに市販の鎮痛剤を購入した。箱には「頭痛、生理痛」の表示が記されていた。ズバリ、「歯痛」ではないけれど、効き目さえあればなんでもいい。溺れて藁をも掴む思いで、その薬剤にすがった。ところが、敵面に効果が顕れて、萎えて気分がいくらか収まった。感謝ひとしお、所定の行動にありつけた。
 巡り来た路線バスに乗って、いつものわが買い物の街・大船(鎌倉市)へ出かけた。パック入りの特上の握り寿司を二折りだけ買って、早々に帰りのバスに乗り、わが家へ着いた。痛み止めは、もちろん対処療法にすぎない。効き目が失せないうちに私は、寿司を平らげた。妻は「パパ、もっとゆっくり食べなさいよ!」。憤懣やるかたない様子、いや憮然とした命令口調である。
 建国記念日は、わが夫婦の結婚記念日である。私はそうでもないけれど、並寿司であろうと寿司は、妻の好物の最上位に位置している。わがささやかな妻への配慮は、色褪せた。だからと言って、妻を詰りはできない。買い物に同行できない妻の虚しさは、十分わが身にも沁みている。痛み止めの効き目のあるうちに、走りに走って、一文を書いた。雪化粧を落とした夜明けがのどかに訪れている。現在の歯の痛みは、ズキズキくらいである。