十月五日(火曜日)、目覚めて二度寝に就けぬままに、寝床の中で二つのことを浮かべていました。一つは、新型コロナウイルスはなぜ? 急に感染力を弱めたのであろうかという疑問でした。一つは、なぜこれまで長く文章を書き続けることができたのであろうかという、自問でした。
自問だからと言って、ほったらかしにはできずに、答えを探しました。すると、答えはただ一つ、掲げた生涯学習の実践のためだろうと、いうものでした。ところがさっき、これには生涯学習の打ち止めを具体的に表す、文章は「もう書けない、もう書けない」という、思いに晒され続けていました。
わが掲げてきた生涯学習は、忘却の進む語彙の復習と新たな学びです。これらに加えてできれば、語彙を用いて文章を書き続けることを肝に銘じていました。そしてこの思いは、わが念願をはるかに超えて、たくさんの実を結びました。もちろんこのことには、人様の篤い好意と情けの支えがありました。それなのに私は、「もう書けない」という結論をたずさえて起き出してきました。「なさけない」とは言えない、本音をいま書いています。表題のつけようのない恥晒しの文章にあって、ずばり「引き潮」と、浮かべています。