またひとり、訃報が届きました。こんどは、元卓球クラブの仲間のおひとりです。自分が年を取ると、知己すなわち身内、友人、知人、ほか親しい人たちが年を取ります。このことは、とてもつらく寂しいです。
昼間、日差しがこぼれると、まもなく尽きるいのちを惜しんで、セミが間断なく鳴いていました。かつては「うるさい」と思った心に、けなげに同情心が沸いていました。私はみずからの「命」をかえりみず、しばし、セミに憐憫の情を寄せました。子どものころのセミ取りの罪にたいし、自分自身に罰を与えて、届かぬつぐないをしたつもりでした。
「生きとし生けるもの」のいのちは、すべて終焉を迎えるのです。今さら悟るまでもない、知り過ぎている「命の営み」です。晩年とは、重いことばです。九月九日(木曜日)、つつがなく夜明けを迎えています。