午前の予約時間(九時半)の診療では定期検診とあって、想定どおりの作業が行われた。マスクを外し眼鏡までも外した私は、やおら診療椅子に腰を下ろした。傍らのコップの水で、三度ばかり型通りの嗽をして、身を緊(し)めた。作業内容が説明されて、診療椅子が倒された。先ずは、入れ歯が外された。「入れ歯は午後の診察まで、お預かりいたします」と、告げられた。作業をはじめられた。歯および周辺、より実際には歯槽膿漏の有無と歯垢落としに終始した。優しく、しかし女性とも思えないほどに強引に作業を続けられたのは、おそらく見目麗しいだろうと思う、若い衛生士さんだった。目元がさわやかだから、私は時々瞼を開いて、そう合点していたのである。
通知表であれば芳しくない、劣等の歯の状態だったようである。「いくつかの虫歯がありますよ」と、悪びれることなく宣告された。
「このあとの処置は、先生がお決めになります」
「わかりました。ありがとうございました」
丁寧にお礼を言った。午前中の診療を終えた。
この日のメーンエベントは、午後二時に予約済みの診療である。一日に時間を置いて、二度の診療は初体験である。もちろん、事前にこう説明されてはいた。
「入れ歯の不具合をこの間、直して見ますから……」
「わかりました。ありがとうございます」
と、丁寧に応じた。
私は、ここで新しく作った入れ歯の出来の不具合を訴えていた。すると、すべてを反故にして再び作る前に、現在の入れ歯の修復加工をされるという。私は、説明に納得していた。
午後二時、十分前あたりに私は、再度待合室のソファに腰を下ろした。午前中とは異なり、医院全体がひっそり閑とした人の気配のない静かさである。待合室にいるのは私だけである。恐怖さえおぼえるほどの静寂さである。
ようやく合点した。昼の食事や休憩を挟んで、午後の診療開始は、二時きっかりなのであろう。こう思い私は、二時を待った。二時きっかりに人の気配がただよい始めた。午前の衛生士さんに、「前田さん」と呼ばれて診療室に入った。私は、午前中の動作を繰り返した。すぐに、中年の院長先生(男性)が近づいて、縷々説明された。修復を終えた入れ歯が嵌められた。ぴったしカンカンの出来栄えである。この日のメーンエベントは、想定外の出来栄えで終わった。私は何度もお礼の言葉を添えて、医院を晴ればれの気持ちをたずさえて後にした。しかし、これで打ち止めとはならず、新たに見つかった虫歯の治療に、この先数度の通院を余儀なくしそうである。
梅雨空同様に、晴れのち曇り、やがては雨の降りそうな気分だった。きょう(七月七日・水曜日・七夕は)、走り書きかつ書き殴り。私は主婦業の時間に追われている。