六月十八日(金曜日)。痛くて、悔しくて、甲斐性無しで、なさけなく、もちろん恥ずかしくて、文章を書く気分を妨(さまた)げられている。ムカデ騒動は夜間、十二時近くに寝床の中で起きた。就寝中にあってむき出しの、右の手の平あたりに違和感をおぼえた。大慌てで手の平を振って、身を越して頭上に下がる電燈の紐を引いた。中型のムカデが、布団の上、布団の下、布団の中、畳の上へと逃げまわった。ぞっとした。「この野郎!」と、叫んだ。
常に枕元近くに置く、スプレーに手を伸ばした。そうする間に、どこかへ逃げたのか? 見当たらない。私は形相を替えて、必死に探した。なんと、逃げ足が速いのだろう。窓に掛かる布カーテンの裾の下に、潜り込みそうであった。ここに潜られたら、捜索は万事休すとなる。幸いにも、間一髪で間に合った。スプレーを連射、激写した。ムカデの動きが緩んだ。それでもなお、くねくねしている。命を絶たれる虫けらの抵抗は、凄(すさ)まじいものがある。
わが恐怖は去らず、いっそう間近からスプレーを噴射した。ようやく、ムカデの虫の息が途絶えたようである。いつものやり方で、枕元に置くトイレットペーパーを手にして、動きを止めたムカデを包(くる)んだ。ようやく、安堵した。立ち上がりトイレに向かい、再び「この野郎」と叫んで、力いっぱい放り込んだ。そして、「大」印を素早く押した。水が勢いよく渦巻いて、トイレットペーパーごとムカデを流した。消失を見届けると、寝床へ引き返した。
手の平の痛みは、時間を追って強くなっていった。再び、ぞっとした。首筋、額、禿げ頭、なお運悪く喉元あたりに這いずりまわれたら、わが息の根は止まったかもしれない。このとき以来私は、二度、三度いやたったの一度の睡眠さえにも、ありついていない。身体的には明らかに寝不足である。ところが、今なお恐怖に慄(おのの)いて、眠気はまったく消えたままである。その証しに、現在のわが両眼(りょうまなこ)は爛々と輝いている。この輝きは、あばら家に甘んじるわが甲斐性無しの報(むく)いであり、祟(たた)りでもある。
書くまでもないことを書いて、きょうの文章は一巻の終わりである。