三月二十八日(日曜日)、寂寥感つのる日々が、早回しで流れている。なんだかなあ……私には日数の短い二月より、三月のほうが早い日めくりに感じられている。ところがこの先は月・日を替えて、なおいっそうそう感じることとなろう。無事安寧の生存を強請(ねだ)って、バタバタする日に見舞われること請け合いである。
緊急事態宣言の解除をあざ笑うかのように新型コロナウイルスは、日本列島くまなく勢いをぶり返している。桜の季節にあっても日本社会と国民は、憂鬱感まみれのさ中にある。輪をかけて、わが憂鬱感はいや増すばかりである。わが心境には、桜見物の感興など湧きようがない。「捨てる神あれば拾う神あり」。
こんなおり遺志を継いで、二様の「ふるさと便」が届いた。どちらも、わが好物を知り過ぎてのバトンリレーの好意である。姪っ子(故フクミ義姉の次女)から送られてきた段ボール箱は、思わず「こんなに……」、と呟いたほどの大掛かりのものだった。箱の中には、濃緑みずみずしい高菜漬けがぎゅうぎゅう詰めにされていた。ところが、高菜漬けのほかにも自家製の味噌や、自作のサツマイモ、そして里芋が押し込められていた。確かに、これらを梱包するためには、大ぶりの段ボール箱が入り用になったのであろう。無重力といえ箱の中には、次女夫婦の善意が隙間なく詰め込まれていた。
一方、甥っ子(故長姉の長男)から届いた段ボール箱には、自山(じやま)で掘り立てのタケノコがぎっしり詰まっていた。抱えた段ボール箱は、ヨロヨロするほどの重さだった。高菜漬けはすでに食卓に上り、そのたびに私は、フクミ姉さんの面影を偲んでいる。タケノコ便は、きのうの夜に届いたばかりである。このためきょうの私には、タケノコの皮むきが予定されている。子どもの頃から、勝手知っている皮むきである。ところが、妻が腰を傷めているため、茹でるのは初体験である。しかしながら、躊躇(ためら)うことはまったくない。生前のセツコ姉の姿が彷彿とよみがえり、わが心の和むひとときとなりそうである。
わが憂鬱気分を晴らすもので、「ふるさと便」に及ぶものはない。実際のところは、遺志を継ぐ姪っ子や甥っ子たちの善意である。「ふるさと便」が届けば、私には桜見物などはまったくの用無しである。