2023

禅寺丸柿

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 手元に2018年12月9日の読売新聞の切り抜きがある。古閑さんから送っていただいたものである。父が「禅寺丸柿」の苗を植えた話を掲示板に投稿したら、たまたま記事を目にして送ってくださった。その禅寺丸柿の木は、父が亡くなって手入れが行き届かなくなってすっかり弱ってしまい、枯れる寸前だった。ある年弱った幹から枝が伸びてそれを大切に育てていたら、数年前から新しい幹に成長した。一昨年やっと花が咲き実が成ったけれど雹の被害を受けてしまった。昨年も数個実が成ったが、実らなかった。今年はじめて六個ほど無事に熟れた。妹はその柿を食べたことがないという。父の元気だった頃は、毎年沢山実実が成って、楽しみだったのに、妹は食べる機会が無かったようだ。妹は一口食べて「この食感といい、味といい、これぞ柿よね」とおいしい、おいしいの連発。ふたりで顔を見合わせて、「大事に育てようね」と頷き合った。

虫嫌い

 先週火曜日から二泊三日で古河の実家を訪れた。ホームセンターで野菜の苗を購入した。苗を選んでレジで精算をしていると、若い女性の店員が苗のポットに手を伸ばして取り上げようとしてためらっている。その動作を何度か繰り返しているが、先に進まない。
「どうしたの?」と私が訪ねると、「虫が……虫が……」と言ったきり固まっている。
「どこにいるの?」と私はカウンターの上の精算かごをのぞくけれど、見当たらなかった。店員は、指で恐る恐るポットを指さしている。その姿は今にも逃げるような仕草である。
 よく見ると、ポットに植わっている苗の根元に枯れた笹の葉のようなものがある。動けなくなったバッタが一匹横たわっている。
 私は即座につまみ店の入り口から外へ放り投げた。バッタは飛び立っていった。
 店員は再び元気よくレジを打ち始めた。虫が嫌いな人は、体が固まってしまうほどなのだと始めて知った。しかし、野菜の苗や苗木など扱っているのに、今回が初めてではないだろうに、普段はどうしているのかと気になった。
 何となく微笑ましく、心が和んだ買い物だった。

樋の掃除

 八月に入って二泊三日で訪れた古河の実家は、帰り際になって、妹とタクシーを待っていると、一羽の鴉が実家の二階の屋根の樋に止まって何やら口にくわえていた。目ざとい妹がすぐに「お姉ちゃん、鴉の巣があるよ」と指さした。よく見ると、以前に鳥が巣を作って雨漏りがした場所だった。ほとんど毎年、出入りの大工さんに樋の掃除をしてもらっているのに、今度は鴉が余計な仕事を作ってくれた。今年はまだ掃除を頼んでいないので、帰宅すると早速頼んだ。どうやら台風は免れそうなので、お盆明けにやってくれると言うことで一安心した。
 大きなケヤキやムクや朴の樹木が枝を伸ばして木陰を恵んでくれるのは有り難いけれど、やはり手入れが大変だ。

             自然が取り柄

私の古河の実家「望月窯」は、古閑さんのおっしゃるように現在別荘代わりに訪れていますが、のんびりと過ごせるほど整然としているわけではなく、とにかく庭や畑の草むしりや手入れに明け暮れて、二泊三日が過ぎていきます。その合間に季節の野菜を育てています。草むしりも庭の手入れも野菜を育てるのも楽しいひとときです。遺してくれた両親には感謝しながら、早くゆっくりと過ごせる時間が持てるようにとせっせと働いています。
 油断していると萱や笹が茂って、腰の高さぐらいになって、風雨でなぎ倒されると手が付けられなくなります。今はドクダミも伸びていて、白い花が愛らしく咲き乱れていますが、その草丈は五十センチぐらいにもなります。引き抜くと白い根が十センチぐらいあります。私はドクダミの臭いは嫌いではないので、気分良く引き抜いていきますが、嫌いな人は絶えられないでしょう。
 庭木が天高く伸びて、手の届く範囲は切り詰めますが、伸びきってしまった枝は上空を覆って、日陰を作ってくれます。
 とにかく夏場の草取りは日陰を探しての作業なので、暑さとの闘いもあってはかどりません。
 そんなわけで、別荘と言っても自然だけが取り柄の環境です。

キリギリスの脱皮

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六月二十六日から二泊三日で古河の実家を訪れた。到着すると中庭のポリバケツの池の睡蓮の花が出迎えてくれた。クリーム色の花で、まるで私たちを待っていてくれたような開花だった。
畑の野菜たちもそれぞれに成長していて、食卓を賑わせてくれた。里芋の葉が伸びていた。サツマイモ(べにはるか)の苗も順調に育っていた。蔓が出てくれば切って植えることが出来るが、まだ時間がかかりそうだ。
 草取り、木々の剪定など仕事は山積みだけれど、ウグイスが人恋しかったのか、近くまでやってきて、一日中鳴いていた。先回訪れた時には、雉の鳴き声と羽ばたきが聞こえていたが、もう時期が過ぎたようで、今回は聞こえなかった。
 帰宅する日の朝、庭に出ると水道の蛇口の口先に若葉のような緑色のキリギリスが止まっていた。「水を飲みに来たのかしら」と一人呟いて指先で触れてみたけれど飛び立つ気配がない。見事な卵管があり、卵を産み付けたりしたら困るなと思いどかしておいた。再びそばを通りかかるとまた戻ってきている。よく見ると、脱皮している最中だった。初めてのことで、蛇口にぶら下がっていたのは、「水を飲みに来たのではない」ことがわかって、どかしたりしてごめんなさいと謝った。脱いだ薄皮が上の方にあったので、どうやら無事に脱皮できて良かった。

             真夜中の停電騒ぎ

 六月十二日から十四日の予定で古河の実家を訪れた。雨模様のぐずついた天気だったけれど、十三日火曜日はどうにか晴れ間が覗いたのでいつもの通り畑仕事や草取り、樹木の剪定などと忙しく立ち働いた。
真夜中の二時頃ベッドの上で眼を開けると寝室は真っ暗で何も見えない。私の脳裏に突如失明したのかと衝撃が走った。
 寝室は、真夜中に目覚めたとき暗闇では危険なので、隣室へと続く廊下廊下の足元灯の明かりが届くようにとドアを開け放している。だから寝室は薄暗くなっている。
ところがこの時は眼を見開いても暗闇の中だった。視線を動かすと蛍光灯の紐の先についているグッズの光が眼に入った。
「ああ、よかった。失明したのではなかった」
 私はホッとしたのもつかの間、寝室がなぜ真っ暗なのか一瞬理解できなかった。
「電気が切れたのかしら」
 私の頭の中はまだ目覚めのスイッチが入っておらず鈍いままだった。
ゆっくりと起き上がって、暗闇を眺め回しながらやっと頭が回転しだした。
「えっ、停電? どうして?」
 今度はなぜ停電しているのかわからない。梅雨に入って、各地で雷注意報が出ていることが頭を過ぎった。
「まさか、停電が起きるほどの雷が鳴っているのに目が覚めなかったってこと?」
 そう思うと眠るというのはそこまで意識が無くなることなのかと恐ろしくなった。
 とにかく起きて、部屋中の点検をしなければならない。
 その前に真っ暗闇の中で懐中電灯を見つけ出さなくてはならない。傍らの妹に声をかけて停電をしていることを知らせた。妹はすぐにスマホのスイッチを入れた。どうやら電源を確保できて歩く道筋は照らされた。隣の部屋に置いてある人感センサーライトを持って階下に降りた。
 ブレーカーを見たが落ちていなかった。家の外の様子を見たが、周囲は民家がないため明かりは見えない。遠くにちらほらと光が見えるが、外は雨が降った様子はなかった。
 妹がスマホでしきりに停電情報を調べている。特に近くで停電している情報は無いという。
「東京電力に電話して聞くしかない」ということで、電気料金の通知書に書かれている「停電・設備に関すること」となっている電話番号に携帯から電話をかけた。
電話音声で「緊急」の番号を押すとすぐに繋がった。現在、実家の地域に停電はないという。「それじゃあ、どうしたらいいですか」と聞くと、「調査に向かいますが、立ち会ってもらえますか」と言う。「今すぐ来て頂けるのですか。もちろん立ち会います」と応えると、「一時間から一時間半ぐらいかかります。その場合、もし、お宅の方に原因があったら、一万三千円かかりますが、よろしいですか」と言われ承知した。
しばらくして私の携帯に故障・設備担当だという若い男性の声で電話がかかった。
「そちらの地域で電線が切れていてこれから修理に向かいます」
とのことだった。
私はまだパニクっていて、どれぐらいかかるのか聞くことも忘れて電話を切ってしまった。時計は二時半過ぎだった。それから待つこと一時間近く経ったが、何の音沙汰もなかった。
 私は携帯に入っている先ほどの男性の番号に電話を入れた。
「今、着手したところです。もう暫く待ってください」と、忙しげに応答された。
「井戸のモーターが止まっていて、真っ暗な中で水も出ません。不安なのですが、どれぐらい待てば良いのですか」
 と、思わずどうにもならない不安をぶつけてしまった。
「そうですよね、もう暫く待ってください。いま、作業しているところです」
 と申し訳なさそうに、しかし、電話の応対をする暇も無いというよう様子が伝わってくる。私は電話を切ってから、自分の身勝手な態度を思い起こし恥ずかしくなった。
 それから、今のソファーでうとうとしていて外の物音に気がつき、玄関を開けて出てみると、自宅の私道に入る砂利道の細い公道に作業車が止まっていて、大声を出して点検をしていた。私は近づいて行くと、「もうすぐ通電しますから、ご迷惑をおかけしています」と若い男性の方がこちらに向かって歩いてこられた。
「ここからだいぶ戻ったところで蛇が電線に絡まって感電していて、断線したのですよ。見つけるのに時間がかかりました」
と、説明を受けた。
「連絡してくれた方ですか」
 と、改めて聞かれて、私は、
「慌てていたものですから、騒がせてしまってすみません」と詫びると、
「連絡いただいて助かりました。連絡が今ごろになっていたら、もっと時間がかかって大変でした」
 と帽子を取って頭を下げられて、私は恐縮してしまった。
 今回の真夜中の突然の停電騒ぎで私は、このところの災害のことを色々と考えさせられた。
「真夜中に、真っ暗闇の中で作業をしなければならない工事の人も大変だね」
 妹もしみじみと有り難みを感じているようだった。

五月の収穫

2023_05_31ninniku-0.jpg2023_05_31tamaneg@-1.jpg2023_05_31daikon-2.jpg 二週間おきに訪れている古河の実家から本日帰宅した。今回は野菜の収穫が出来た。手提げ袋にずっしりと詰め込んだ野菜を持ち帰ることが出来た。実家での食卓にも新鮮な野菜が食べられて大満足だ。今回は草取りに加えて気がかりだった樹木の剪定をやった。まだまだ続くが、野良仕事を終えた快い疲れに満たされて帰路についた。

収穫

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古河の実家の畑の続きです。今年は紅梅の梅の実が沢山なった。何時の年だったかその年も実が沢山なったので収穫を楽しみにしていたら、いつの間にか消えて無くなっていた。今年はそれに懲りて、少し早かったけれど青梅を収穫した。そして、梅ジャムを作った。苦みがあったので妹のスマホで調べてあく抜きが足りないことが判明した。そこで丁寧に辛抱強くあく抜きをしたらまだ少し苦みは残っていたが、甘酸っぱい爽やかな味になった。大成功である。
 キャベツは冬を越して葉ばかりがどんどんおおきくなっていったが巻かないので諦め気分でそのままにしていたら、やっと巻き始めて、今回の収穫となった。大根も手頃な大きさになって収穫できた。少しずつではあるが、農作業のこつのようなものがわかってきた。
 夏野菜に棒を立てたり、藁を敷いたりと手入れは色々あるが、収穫を楽しみにせっせと野良仕事をして、後ろ髪引かれる思いで帰路についた。

新緑の五月

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 五月の望月窯は新緑真っ盛り。到着すると、ウグイスの賑やかな歓迎のさえずり。遠く近くでキジの甲高い声。水仙の花は姿を消し、アヤメ、オオニソガラム、都忘れ、雑草の花々、紅梅の実がぎっしり、柿の花芽が顔を出し、すっかり初夏の景色になっていた。
 ベツレヘムの星と言われるオオニソガラムは真っ白な花を緑の雑草の中で咲いていた。今年は良い時期に訪れた。

ウグイス、キジの声がお出迎え

2023_04_18botan.jpg 四月十七日から十九日の二泊三日で古河の実家に行ってきた。到着するとすぐにウグイスの鳴く声に迎えられた。ウグイスは一日中鳴き続けてくれる。それに加えて、キジの甲高い声がする。先回来たときは遠かった声が、今は隣接する竹やぶの中から聞こえていた。その姿はなかなか見ることができないが、声がするとデジカメ片手に忍び足手声の方に近づいていくが、未だ出会うことができないでいる。それでも、キジの力強い鳴き声には身が引き締まる思いがする。
 玄関の所に植えてあるボタンの花が満開だった。いつもは散った後に訪れることになっていたが、今回はグッドタイミングだった。画像では濃いピンク一色に見えるが、白の地色に紅色が混じった鮮やかな大輪である。
 父が生前に知人から送っていただいたもので、玄関先に植えて大切にしていた。だんだん背丈が伸びてしまって、花の時期が終わったら剪定しようと思いながら、なかなかできないでいる。

母の好きだったカタクリの花

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三月二十日から二泊三日で古河の実家を訪れた。この週はお彼岸だったので、十八日にお墓のお掃除をしてお花を供えお参りをした。翌十九日にはお寺に卒塔婆を頂きに行き、お墓に供えた。実家の先祖代々のお参りは、神道では春のみたままつりの案内が来るので、毎回御神前として送金をしている。
 何時も実家を訪れるとまず、神棚にお参りをする。棚には父母や弟、先祖の霊璽(仏式の位牌にあたるもの)が祀られている。父母、弟の小さな写真が飾ってある。
 畑に春蒔きの野菜の種(葉大根、レタス、ニンジンなど)を蒔いた。ニンニク、玉ねぎ、いちご、小松菜など順調に育っていた。水仙が花盛りで、ボケの真っ赤な花が見頃だった。源平桃、李の花も咲き始めていた。
 母が亡くなって八年になるが、私の夫が母にプレゼントしたカタクリの花が二輪咲き終わっていた。だいぶ前に一株だったものが二株に増えたが、花は今年が初めてだった。
 望月窯もやっと春が訪れて、これからまた草取りに追われる季節がやってきた。

ふきのとう見つけたよ

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 三月に入ってようやくまた古河の実家に行くことができました。二泊三日の宿泊ですが、落葉の掃除が残っていて、しかも萱の立ち枯れを一本一本抜き取る作業もあり、大忙しでした。少しずつ春めいてきて、フキノトウもまだすこし蕾のまま残っていて、妹が大喜びしていました。庭木もつぼみが膨らみ、水仙が一面に首を伸ばしていました。白梅は花盛り、紅梅もぎっしりつぼみを付けていました。これから水仙の花が真っ盛りになり、若葉の季節になります。