2月5日(水曜日)、デジタル時刻は5:00。カーテンと窓ガラスを開いて確かめたけれど、雨も雪も降っていない。しかし寒気が酷く、わが身体は震えて気分も萎えている。きのうの気象予報士によればきょうは、日本列島のあちこち、主に多雪地方や地帯にあっては、災害級ともあるいは警報級とも言われている大雪予報が出ている。このところはほぼ毎日、テレビ映像では人々の雪掻きの苦難ぶりを観る羽目にある。もはや私は、雪景色にロマン心を抱くことはできない。このことを鑑みれば、わが心身を見舞う寒気にへこたれてはおれない。むやみに同情心は憚(はばか)れるものの痛ましくて、なすすべなく気の毒に思うばかりである。気の毒という心理状態を一つにするものには、埼玉県八潮市における道路の陥没事故にまつわる救出行動、ほか様々の作業光景がある。私はやるせなく無為に映像を観ているだけだが、ただ一つ、どちらにもひたすら無事を祈る気持ちが充満している。
こんなおり、暢気(のんき)なことを書いていいだろうかと自問し、気を揉むものがある。しかしながらわが身勝手にも、気分直しに書き留めたいものがある。きのう、歯医者から帰り茶の間のソファに背もたれていると、山から二羽のメジロが寒椿の花を目がけて飛んで来た。すぐに、小枝を揺らし花びらの蜜を吸い始めた。「風、春一番」を待たず、例年の春の訪れを真っ先に告げるわが心の和む光景だった。
きのうの私は、予告どおりに予約済の歯医者通いをした。診療椅子が倒されて寝そべると、間を置かず、出来立てほやほやの「差し歯」がスムースに差し込まれた。倒されていた診療椅子は元に復し、主治医は遠のいて、お顔馴染みの若い女性の歯科衛生は、わが顔面の前に手鏡が掲げられた。前歯の欠落部位は、見事に処置されていた。すぐさま、私は快感をおぼええた。書き添えたいと思っていたことは、これだけのことである。
きょうのわが行動予定には、これまた予約済みの妻の病院(大船中央病院・鎌倉市)通いにおける引率同行がある。もちろんこちらは、快感にありつけるものではない。人生の終盤を生きる私の場合、快感に浸れる出来事など、まったく稀である。ところがきのうは、ごく小さいとは言え、胸の透く二つの快感に遭遇したのである。だから、書かずにはおれないものだった。まだ、夜明けの明かりは見えないけれど、彼方の北の空(多雪地方と八潮市)に向かって、無事安寧を祈るところである(6:00)。
わが身勝手な「快感」
