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大沢久美子撮影

蔓草のいたずら

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 野木の駅のホームに座って、帰宅の電車を待っているとき、目の前の道路沿いの店先に立っている樹木が蔓草に覆われていて、その形が子犬のように見えた。いつもながめているのに気がつかなかった。妹と二人で、「耳を立てて、鼻先がつんとしていて、何だか話しかけてくるみたいだね」と笑いながら、退屈な待ち時間のおしゃべりに花を咲かせた。
 この次、来たときは葉が紅葉しているのだろうか、それとも落ちてしまっているのかしらと楽しみな景色である。

夜長は、チャンスとピンチ

10月12日(木曜日)。デジタル時刻は4:50を刻んで、いまだ真っ暗な夜明け前にある。日に日に日暮れが早く、夜明けが遅くなり始めている。この先の夜長はどう過ごすのか、大きなテーマ(課題)になりそうである。たぶん、二度寝にありつけずに、悶々とする夜長になりそうである。灯火親しむ候にあって、はなはだなさけないわが生き様である。挙句には長く、迷想に更けそうである。格好の夜長にあっては灯火の下、名作でも読めば万事好都合ではある。ところが私の場合は物心ついて以来、絵本や漫画を含めてまったく読書習慣がないままである。いまとなっては、後悔激しくつのる大損である。思えばすべてに、生来の三日坊主の祟りのせいである。なぜなら、名作を読もうと何度か試みた。けれど、そのたびに三日にさえありつけず挫折を繰り返した。結局、わが身にはそんな素養がなかったのである。それゆえにこれまでの私は、たったの一度さえ読書感想文を書いたことがない。夜長にあっては、いまさらながら残念無念である。読書習慣のないことは、余生短いとはいえこの先まで大きな難題である。そうであれば、スヤスヤと安眠を貪ればいいはずだ。ところが、一度目覚めれば二度寝にありつけず、これまた難儀である。確かに夜長は、文章を書くには天与の好機(チャンス)である。さらには生涯学習を叶えるにも、これまたまたとないチャンスである。ところがもはや、肝心要の向学心が消え失せている。せっかくのチャンスは、もとよりピンチである。薄っすらと夜が明けてきた(5:20)。朝日の見えない曇り空だけれど、しばし大空を眺めて、朝日のお出ましを待ってみよう。こんな心境ではやはり、この先の夜長が思いやられるところである。

現代文藝社編集室だより

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清水貞夫著 「俳人四明覚書八」を下記の通り出版しました。
B判 並製本 カバー有り208頁
ISBN978-4-911025-01-7

大空眺めて、作文

10月11日(水曜日)、久しぶりに雨模様のない夜明けが訪れています。薄い日本晴れを隠し、白雲や彩雲が色彩を添えています。晩秋の夜明けはようやく、願ったり叶ったりです。しかしながら寒気は、わが身に堪えています。それでも、本来の季節に応じた夜明けであればうれしく、我慢しなければなりません。きのうの夜明けに書いた文章では雨模様で晴れ間を望めず、私は自然界のしわざに難癖をつけました。ところが時間を追って、かつての「体育の日」の日本晴れを髣髴するような好天気になり替わりました。そのため昼間の私は、心中で早とちりを詫びました。ここでしばし、指先を休めて、大空模様を眺めます。不断の私は朝・昼・晩にあって、大空模様を仰ぐのが好きです。その時々に大空の描く風景はまさしく千変万化、果てしなくかつ汚れのない無償の恵みです。これこそ、ひとり悦に入ることのできる天恵です。先ほどの薄い日本晴れは、浮雲を遠のけて朝日が射し、青色を増した晩秋の日本晴れになり替わりはじめています。待ちに待った、胸の透く夜明けの風景です。ようやく、晩秋の好季節が訪れています。きょうはこのことを書くだけでいいでしょう。きょうのわが行動予定は、気分良く買い物行です。売り場は、「果物の秋」全開です。出回り中のサンマ(秋刀魚)は、すでに二度ほど食べています。学童の頃の「綴り方教室」の作文になりました。

♪前田さんへメッセージです♪

前田さん、そんなに御自分を見下げなくてもよろしいのではないでしょうか。
それよりも”前田さん御自身を活性化させる方法”をお考えになったほうが、『人生楽し!! ひぐらしの記楽し!!』と、”前田エンジン全開!!”へと繋がってゆくのではないでしょうか。
前田さんが駄文とおっしゃっている文章からは、☆前田さんの個性☆がたくさん伝わってきています☆☆
きょうは、早朝が雨で、昼間は晴れ、これから夕方はまた雨のようですが、夜には晴れ、明日11日(水)からの週間天気を見てみますと、26日(木)まで晴れマーク、前田さんがお書きになっていらっしゃる◎肌身に心地良い晩秋の日本晴れ◎到来ですね◎◎◎◎◎◎◎

♪大沢先生へメッセージです♪

大沢先生、御返事の御投稿どうもありがとうございます\(^o^)/
『太陽の恩恵』という御言葉までいただいて、たいへん嬉しく思います*(^o^)/*
ぼくも幼少年期に蟻を本格的に飼いたくて、巣を見つけると、掘ったりしていましたが、あまりにも深く掘ると、母方祖父母に怒られると思い、いつも途中で断念していました(苦笑)。
祖父は、引き戸付きの物置小屋などを、いとも簡単につくってしまう器用な人でしたが、蟻の巣箱は作ってくれませんでしたので、先生が羨ましく思いました♪♪

高橋さん、お元気のようでなによりです。

 私の投稿への感想、ありがとうございます。いつも心のこもった感想をいだき、舞い上がっています。このところの寒さで、身も心も縮こまっていましたから、まるで太陽の恩恵を受けたように温かくなりました。
 私は子供の頃に、父が作ってくれた蟻の巣箱をいつもかかえて、蟻の巣のそばに置いて女王蟻が入ってくれないかと待っていました。そのころは、情報を得る知識が無くて、蟻の生態などわからなかったので、ただひたすら待っていました。今でも蟻を見つけると、巣箱をこしらえてくれた父の子を思う深い愛が身にしみます。

「秋」忘れの季節

現行の振替休日の「スポーツの日」が過ぎて、かつての「体育の日」(10月10日・火曜日)の夜明けが訪れている。好季節を鑑みれば、満々と輝く朝日が昇り始めていいはずの朝は、きのうに続いてまたもや雨模様である。わが感慨は、「秋」を忘れている季節、の思いひとしおである。10月になってきょうで十日、最も好季節であるはずの10月初旬は、とうとう季節忘れをこうむってしまった。あす以降の気象情報は聞いていないけれど中旬は、まずは初旬の罪償いを望むところである。そしてそののちは、本来のゆるぎない晩秋の好季節を存分に振舞ってほしいものである。そうでなければわが不断の自然界賛歌は、おのずから色褪せて打ち止めとなる。寒気だけは季節どおりだけに現れているだけに、このところの悪天候には余計腹が立っている。年老いてすがるのは、無償で得られる自然界の恩恵がイの一番である。もっと具体的には、天変地異なき日本晴れである。日本晴れであっても、秋天高い晩秋の日本晴れほど胸の透くものはない。確かに、冬晴れの日本晴れもさわやかだけれど、ところがこれにはわが嫌う寒気がともなっている。初冬の小春日和もいいけれど、しかしこれは、一日ないし二日の賞味期限付きである。期限が尽きるとこんどは、肌身にいっそうの寒気をおぼえて、それに慄くこととなる。こんなことを胸中に浮かべているとやはり、肌身に心地良い晩秋の日本晴れに勝るものはない。とりわけ、現行のきのうの「スポーツの日」(10月9日・月曜日)、そしてかつてのきょうの「体育の日」には、満天大海原とまがう日本晴れを望んでいた。しかしながら、自然界の人間界への悪戯かいや怨念なのか、この望みは叶えられなかった。つくづく残念無念である。挙句に起き立ての私は、きのうに続いて二番煎じの文章を書いている。いくらネタ不足とは言え、この文章にさら駄文を重ねるのは、生き恥晒しであり、ここで書き止めである。こんな文章を再び読んでくださる高橋弘樹様には、心して詫びるところである。

♪大沢先生へ昨日の『望月窯だより』の感想です♪

大沢先生、先週の望月窯行き、お疲れさまでございました。
野菜の苗は、望月窯畑へ植えられたことと思います。

先生のレジを担当したホームセンターの女のコ店員さんですが、普段でも固まっていることと思います(大笑)。
バッタがいるので、お客様である大沢先生に対して、なんとかしてあげたいけれど、私は虫が大嫌いでコワイから、どうしよう......という”大葛藤”があったのではないか、と推察します!!
でも、先生が取り除いたので、”大大大感謝”の状況でしたね♪♪
ぼくは、”虫大好き人間”ですが、もし虫が嫌いで、レジを担当していて、この女のコ店員さんのような状況があったとしたら、レジ操作を円滑に進めるために、虫の事はスルーして、お客様に委ねた事と思います(笑)。

先生、小説の一場面のようなエピソードをありがとうございました(^^)

♪前田さんへ本日の『ひぐらしの記「スポーツの日」の雨』の感想です♪

前田さんのおっしゃる通り、「スポーツの日(旧体育の日)」の雨天は、珍しい事ですね!!
自転車で移動することが多いぼくにとっては、雨の日は、行動が制限されますので、ヒジョウに残念なところです↓↓
前田さんと同じく「寒気の深まりと秋天高い秋晴れの同時進行」を望んでいます!!
お互いうんざり気分ですが、きょうも前田さんへ”大大大エールと大大大エネルギー&パワー”を贈ります(^O^)/(^O^)/(^O^)/(^O^)/(^O^)/(^O^)/(^O^)/