日本の北方領土に関する対ロシア外交の二つの方法

終戦間際になって、ソ連はアメリカ大統領ルーズベルト、イギリスの首相チャーチルとソ連のスターリン総書記とのヤルタ会談によって、ヒットラーのナチス軍を倒し、また日本を敗戦に追い込むため、ソ連が参戦した。その見返りに一九〇四年に日本が取得した島は、つまり千島、南樺太を戻すという密約に基づき、ソ連は昭和十六年に日本とソ連との間に締結した日ソ不可侵条約を一方的に破棄し、対日宣戦布告し、それまで日本の領土であった南樺太、択捉島、国後島ばかりでなく、元々千島諸島でない歯舞、色丹島にも侵攻した。さらに北海道をも軍事占領しようとし、以後、前述の北方四島を軍事上、実効支配を続けた。これに対し、日本政府は四島の不法軍事占領だとして、ソ連、ロシア政府に対し、四島からの軍事撤退と即時返還を交渉するも、現在に至るまで、ロシア側はいっこうに返還に応じない。一九五六年に当時のスターリン書記長とグロムイコ外相の提案、千島列島には属していない歯舞、色丹二島を返還し、戦争を法律上、正式に終結を意味する日ソ平和条約を提案して来たが、日本政府は四島一括返還を主張し、これを拒否し、以後、フルシチョフ、コスイギン、ブレジネフ、チェルネンコ、そしてゴルバチョフ、エリツィンと来て、その後プーチン大統領に至るまで、日本の北方領土返還交渉は殆ど進展しなかった。
 エリツィンからプーチンに代ったあたりから、北海道に引き揚げている北方領土にかって住んでいた島民の墓参などを目的として帰郷のための北方四島へのビザなし渡航、そしてロシアの排他的経済水域での日本漁船の操漁などが実現したが、漁業については、後に漁船が銃撃、拿捕されるトラブルもあり、中止を余儀なくされた。これはサハリン州や千島列島の行政の長が日本漁船の操業やビザなし渡航をロシア中央政府が許可したことに反対し、ビザなし渡航と漁船操業を認めなかったことによる。
 その後、福田康夫首相の時に、同首相がロシアを訪問し、千島列島の二島や他の二島の北方領土返還についての話し合いを行う旨、ロシア側から申し入れがあり、そして麻生太郎首相の時に、これもロシア側からサハリン州へ同首相を招いて、千島と歯舞の返還についての話し合いの実行があったが、どちらも妥協には至らなかった。
 この間に、ロシアの政権も、プーチン大統領からメドべージェフ首相、メドベージェフ大統領、プーチン首相、そしてプーチン大統領、メドベージェフ首相と数年のうちに、せわしく交代したが、メドベージェフが大統領になってから、二〇一一年にロイター通信に対し、北方領土の軍事力の強化を宣言し、また二〇一二年二月には、ロシアの戦闘機が日本の領空に入り、日本の自衛隊機がスクランブル発進をしたり、同大統領が直接北方領土を訪問し、ロシア領であるという事を強調した。これに対し外務省はロシア政府に対して猛抗議をし、菅直人首相は、「許しがたい、無礼だ」と不快感を示した。
 この時以来、現在までロシア政府の首脳は北方領土については「テコでも動かず」、「ここはロシア領土だ」という強硬な姿勢であった。
 ところが、二〇一三年の四月になって、北方領土に関するロシア政府の姿勢が急に軟化したのである。プーチン大統領は日本への北方領土問題に対して急に譲歩したのである。プーチン大統領によると、北方領土について、ロシアと日本の双方が利益になる形で国境を定めるというやり方で、柔道をやっていたプーチン氏が日本語で「引き分け」という言葉を使った。具体的には、歯舞、及び色丹島、国後島は日本にそっくり返し、択捉島の西三分の一の所で、ロシアと日本の国境線を引くというもので、かなり日本に譲歩した案であった。
 わずか半年前(平成二十四年秋)までは、「北方領土はロシアの物で、なんとしても返してなるものか」という態度であったのが、なぜ、今年(二十五年四月)になって豹変したのだろうか。平成二十五年四月二十九日にロシアを訪問した安倍晋三首相とプーチン大統領との合意内容を見てみると、ロシアは東シベリアとサハリン州のガス田開発の技術援助と石油の開発、それらの日本への輸出を求めている。日本側からの見地からすると、二年前の東日本大震災で原子力発電所の崩壊により、同発電所が全国的に廃止されるかもしれないという危機感から、ロシアに安価なエネルギー輸入の活路を求め、ロシアと利害が一致したということだ。また、日本はロシアを自動車マーケットにし、自動車の輸出先として確保したいこと、中国の軍事力の強大化と周辺諸国への領土侵略が、ロシア、日本双方に脅威であるので、双方の国で中国を牽制すること、日本とロシアでスポーツや文化交流をすることを合意したのである。
 ロシア側が、東シベリアや極東の天然ガスや石油を日本に買って欲しいという思惑の裏には、アメリカで安価な大量のシェールガスの層が見つかり、そのガスを抽出する技術が開発され、他のエネルギー源より安価で供給できるようになり、ロシアの天然ガスがヨーロッパ諸国に売れなくなった事情があると言われる。それ故、日本に天然ガスや石油を買って欲しく、そのためには、北方領土問題でロシアが日本に対して強硬な姿勢を取っていたのでは、それが実現しない。そこで、プーチン大統領が、北方領土に関する姿勢を軟化させ、「引き分け」案により、日本とロシア双方に利益となるような国境線を引く、前述のような提案をして来たと言われている。これに関しては、安倍・プーチン会談では何も合意しなかった。
 しかし、北方領土に関して日本にプーチン大統領が、「引き分け」案を提示し、大幅に譲歩した裏には、もっと深い思惑がある。それは、三月二十五日に於ける南鳥島沖の海底に広大な深海底より、約十メートル下に莫大な量のレア=アースが埋蔵されていることが、独立法人日本海洋開発機構と東大理工学部の海洋資源工学の教授によって、深海探査船を使った調査でわかった。その含有量は、中国が世界の九十七パーセントを占め独占していたが、それの二百三十年分もの巨大な量に当たるという。これにより、中国が自国で産出するレア・アースを独占し、売り渋り、輸出制限をし、日本やアメリカ、ヨーロッパ諸国が反発していた構図を崩し、日本がレア・アースで一躍、資源保有国になったことを意味し、中国を押え、外交上強い立場に立つことになった。
 ゆえに、ロシアのプーチン大統領が北方領土に関して日本に譲歩してきたのは、一般には前述のようにヨーロッパ市場に於いて、天然ガスの市場を失ったので、日本にそれを買ってもらいたいからだと言われているが、心の底にはもっと深い一物があるのだ。それは大国ではあるが、未だ発展途上国であるロシアが、将来完全なる工業化するためには、日本で新たに発見された、ハイテクに必要な莫大な埋蔵量のレア・アースを、大量にかつ、安く日本から売ってもらいたいからだ。そのためには、将来のレア・アース輸入を見越して、プーチン大統領は北方領土に関する対日本への態度を、強硬から柔軟に、さらに譲歩的にならざるを得なかったと思われる。
 レア・アースとは希土類元素鉱物の一レアメタル中の元素で、セリウム、イットリウム、スカンジュウム、ランタンなど多くの金属元素を意味し、レーザー光線、蓄電池、光ファイバー、光ディスクなど主要工業化に必要で、かつ、ハイテク使用に不可欠な物である。
 このロシアの日本に対する北方領土に対し、態度を急に変え、譲歩して来たのは、三月二十五日に南鳥島の周辺でレア・アース発見のニュースが流れてからすぐ後であった。このロシアの事情、思惑を理解すれば、レア・アースの資源を対ロシアの北方領土交渉の武器にすれば良いのだ。四月二十九日の安倍=プーチン会談では、プーチン大統領の提案の「引き分け」案、即ち択捉島の西三分の一も日本領とし、国境線を定める案に関して、何も合意していないが、たとえプーチン案を飲んで択捉島の国境線を引いたとしても、レア・アースを手段とすれば、ロシアに対して「レア・アースを他の国よりも安価にかつ、優遇して大量に売ってやるから、売って欲しいなら、残りの択捉島の東三分の二を日本に返還せよ。そうしなければ、レア・アースをいっさい売ってやらないよ」という交渉ができるのだ。
 そのためには、南鳥島沖の海底で発見された莫大なレア・アース資源を海底で埋蔵させたまま眠らせたのでは、対ロシア外交の武器としては使えない。それゆえ、早急に生産を開始しなければならない。それには、一番望ましいのは、外務省などが政府、内閣に進言し、閣議決定をして、経済産業省が中心となり、民間企業の資本と技術の参加を呼び掛け、「レア・アース資源開発公社」のような組織を設立し、埋蔵量の部分的であっても、対ロシア外交の手段として使えるだけの量のレア・アースを産出すべきである。
 もう一つ、北方領土に関して対ロシア外交の方法がある。これまでの行政権である政府や外務省による対ロシアの粘り強い外交交渉だけでなく、司法権によるソ連やロシアによって不法軍事占領されている北方領土の土地に関して、裁判所の訴訟裁判権によって、判決による主権主張をすることである。現在、日本政府は、国後、択捉島、歯舞諸島、色丹島を軍事占領しているのを不法だとし、ロシア政府に対して、「すみやかに軍事撤退し、北方四島を返還せよ」というのが、外交交渉の行政権による主権主張だが、もう一つ、裁判所の訴訟上の裁判権による主権主張があるが、次の通りである。
 終戦時、北方四島の旧島民は、ソ連の同島への軍事進攻により島を追い出され、自分達の島の土地を手放し、対岸の北海道の根室などに引き揚げざるを得なかった。そして、彼らの北方領土の島の土地の所有権に関する権利は、北方領土に対峙し、遥かに島々を望める根室市にある法務局の登記簿に記載されている。
 これだけでも、旧島民個人による北方領土の島の自己の土地権利主張が成り立ち、また行政権の地方局である法務省法務局による旧島民の北方領土の島の土地権利の承認であって、政府、外務省の外交交渉の行政権による北方領土に対する主権主張と別個の法務省による行政権の主権主張であるが、さらに旧島民が裁判所に北方領土の土地の権利を主張して、民事訴訟を起こし、判決を勝ち取って、司法権による主権主張をすべきである。
 具体的には、旧島民や死んだ旧島民の遺族が根室の法務局の登記簿にある旧島民の北方四島の土地所有権を民事訴訟法に基づき、日本政府の主張通り、旧島民の土地を軍事不法占拠しているロシア政府と軍隊、サハリン州知事や千島列島の知事、現在の旧島民の土地に住んでいるロシア人住民を相手取り、土地所有権確認訴訟を根室地方裁判所に起こすべきである。この方法だと、被告のロシア政府や軍関係者、ロシア住民が不法占拠を北方領土にしていなく、占拠は合法だとしているので、裁判被告として出廷しない可能性もあるが、不出廷の場合は、法律上「擬制自白」といい、相手の訴えた内容を認めたことになり、原告である旧島民の勝訴となり、地裁レベルで確定判決になる。それが嫌でロシア側が出廷した場合も、地方裁判所では原告の旧島民の勝訴となる可能性があり、さらにロシア側の高等裁判所や最高裁判所まで訴訟や上告されることがあるが、旧島民が勝訴になる可能性が高い。
 ただ、ロシア側が被告として出廷した場合、原告の旧島民側は証人として、外務省のロシア課の事務官に証言させ、ロシアの北方四島の不法性を訴えるが、ロシア側がヤルタ会談やポツダム宣言、サンフランシスコ講和条約の北方領土の文言のあいまいさを主張し、ロシア側の北方四島の占領の合法性を主張した場合、わずかに裁判官がロシア有利の判決を下す場合もある。万が一、ロシアの主張を根室地裁が認めた判決を下した場合、地裁でロシア政府と日本政府外務省の北方領土に関する国際法に関する主張の対決となり、根室地方裁判所がロシアの国際法の解釈を合法とする判決で認める形になるが、そうなることは稀であり、大概、日本側や旧島民の主張通りに判決を下す可能性がある。日本の法律を遵守し、判決を下すであろうから。その上の高裁や最高裁でも同様になろう。
 裁判所の判決による北方領土の司法権による主権主張は判決文を被告である敗訴したロシア政府以下関係者に直接手渡すことも可能だが、ロシア政府側がこれを無視したり、拒否したりしてやや弱いが、これを日本政府や外務省の行政権の外交交渉の場で、司法権による判決文を示してロシア側に手渡せば、行政権による外交交渉による北方領土に関する主権主張と司法権判決による主権主張と二つを合わせてやることになるので強力なものとなろう。
 この司法権の判決によるロシアに対して、日本の北方領土の主権の主張方法について、以前、総理府の「北方領土対策室」に電話で進言したが、行政権者である日本政府は、「ロシアを刺激するので好ましくない」との消極的回答であった。行政権者である政府は、前述のように、ロシアを裁判の被告に出し、また、日本政府も対決することを恐れたのか、司法権による主権主張をしようとはしなかった。旧島民に原告となる事を支援もしていない。絶対にやるべきだと思うのだが。

参考文献及び資料
金子俊男「樺太一九四五年夏」講談社 昭和四十七年
ボリス=ステラヴィンスキー、加藤幸廣訳「千島占領、一九四五年夏」共同通信 一九九三年
「北方領土、歴史と文献」政治経済研究会 一九九三年
WEB SITES
�KURIL ISLANDS DISPUTED�WIKIPEDIA
�稀土類元素�WIKIPEDIA
�ASAHISHINBUN�RARE EARTH TREASURE TROVE FOUND IN SEABED NEAR MINAMI TORISHIMA 3月24日
TODAY RESEARCH 南鳥島沖で世界最大濃度のレアアース発見 2013年7月23日
CECILIA JASMIE�JAPAN,S MASSIVE RARE EARTH DISCOVERY THREATENS CHINA,S SUPREMACY� MARCH25

(流星群第30号掲載)