奥丹沢での森林伐採体験をして

 去年、平成十九年の三月初頭、抽選に当たり、神奈川県森林づくり公社のプログラムで一泊し、奥丹沢の札掛の杉の森林の木の伐採体験に参加した。同公社は森林維持のため一年の内、県内各地で一般の人から募ったボランティアに木を切り倒す、日帰りのプログラムを何回かやっているが、一泊のそれは、この時期、年一回だけである。
 朝五時に起きて、横浜から電車で小田急線の秦野駅前に八時半に集合。用意されていたマイクロバスで奥丹沢へ出発。以前は、駅前は数軒のお店があっただけの田舎の駅だったが、今は駅ビルのある横浜や藤沢などと同じ都会になっており、そこを通ると、ほとんど枯れ川になっている水無し川に沿ったガードレールの道に出る。そこから小型バスは左に曲がり坂道に入る。道の脇には、前からある古い農家や民家が続く。それから十分も急な坂道を進むと、道の脇の家はなくなり、ガードレールのある山道の車道になり、左右に日光のいろは坂を小さくしたようになって、さらに高い所へ道はカーブを折り曲って進む。その時、窓から下を見ると、出発して来た秦野市やその向うの湘南に続く平野が望める。約四百メートルの高い所へ昇って来たと実感する。そして昇り詰めた所に、東屋やベンチのある見晴し台と公園を兼ねた所がある。ヤビツ峠だ。ここから下の平野への眺望は圧巻。名所である。
 ヤビツ峠を右に曲がると道は平らになり、行き先の札掛を通り、もっと奥の宮ヶ瀬湖へと向う。道の右手は約七十度の急斜面の杉の雑木林が続き、やがて大山の後姿がにょきりと高く聳える。初めて見る大山の反対側からの姿だ。厚木方面から登ると、雑木林の木がすべて切られ、ケーブルカーがあって、頂上は岩肌がゴツゴツした険しい山であるが、後姿は手つかずの杉の木が生えたままだ。人の頭で喩えると、前頭部半分がハゲで、後頭部は髪の毛がフサフサだ。やがて、道の脇に流れていた細い川藤能川に。もっと幅の広い布川が合流する。その川に三ヶ所、石垣で堰を作り滝になっている所があった。堰の形も三つとも違い、滝の白い瀑布の流れも異なる。峠から約三十分左側の布川の橋を渡り、県立札掛森の家に到着。十時半。
 建物はほとんど木で造られたログハウス=ロッジであった。入り口のフロントの脇には丹沢の木の標本や木の工芸品がいくつか陳列されている。他に和室の二階建てと小さな風呂、自炊場と広いホールがある。
 着くとすぐ、ホールで午前中は森林に関する学科の講義を聞き、持っていった弁当を食べ、午後一時半からいよいよ実践の森林伐採体験だ。初日の森林伐採の二時間の実習に行く。動きやすいトレーナーに着替え、ヘルメットをかぶり、運動靴で森の家の玄関の前に集合。伐採指導者である森林インストラクターを中心に、いくつかのグループに分かれる。伐採注意事項を聞いた後、木を切る鋸を借り、紐で腰に刀を差すようにぶらさげる。
 一時半出発。布川沿いに約二十分起伏のある山道を行くと布川の幅も広くなり、丸太の筏の橋がある所に出る。そこを渡ると左側は遙か下に川、右側は約七十度の斜面の杉の雑木林、鎖をつかみ五十センチの巾の小径を恐る恐る歩く。やがて切り株のベンチのある所でしばし休憩。そこからいよいよ伐採場へ。七十度の斜面を約五十メートル登って行く。
 杉林の間の小道を登ると、約十メートル登る毎に切り倒された太いものや細い杉の丸太が横に並べられ、枯れ葉が散らばっていた。途中、何度も約二メートルも土で足が滑り落ちた。急峻な斜面を登るのは難しい。
 やっと伐採場に着く。作業は二つ。枝伐採からやる。約直径二十センチの杉の幹に、根元から二メートル五十センチの所に、アルミの梯子を掛け、一番上に登り、鋸で全方向の細い枝を切り落とす。ゴキゴキと半分も切ると、枝は自然に折れて下に落ちる。二メートル上は下を見ると足が震えた。切り屑が鼻に入り、プーンと臭いがする。約一時間で終えた。
 次に直径五十センチ以上の杉の幹を切り倒す作業。まず、片方を直径の約三分の一を水平に切り、そこから三十度斜めに切る。くさびのような切片を取る。そして今度は反対側を水平に半分の長さに切って、ロープを回して縛り、近くの他の木にロープを掛け、滑車のようにして手前に向けて張る。左右に人がいないかを確認して、「倒れるぞー」と叫びロープを強く引く。少しミシミシとして、切り込みを入れた杉の木が、ゆっくりお辞儀をするように地に倒れる。太い幹を切ったので息が荒くなり、暫く休憩。これを四回やり、作業を終る。元の道を引き返した。
 森の家に着く前に、森の家の玄関の手前の脇にあるいくつかの木が植えてある公園のような庭で、丹沢の野生の鹿三匹と出合った。おいしそうに草を食べていた。茶に白いお尻の鹿達は我々を見ると危険を感じたのか、睨み合いになった。その目がマスカットぶどうの粒か、又は薄緑の翡翠の玉が光っているように見えた。鹿は我々が襲わないとわかると、ゆっくりと庭の川沿の網の張ってある柵の下をくぐり、斜面になって川に続く土手の上の柵の向こうで草を数分食べ、山へ帰って行った。
 夜は自炊した質素な食事とホールで全員でささやかな親睦会をやった。
 翌日、午前、二時間の伐採と午後講演を聞き三時出発、家路についた。
 伐採の体験プログラムに参加した人は三分の一が女性で、ほとんどが神奈川県内各地の人であったが、中には他県の人もいた。東京奥多摩での伐採に飽き、丹沢に参加した人もいた。自然の中で、だれにでも出来る伐採作業であったが、普段やり慣れてないと、息がハアハアし、きつかった。もっと太い木を切る木こりがいかに大変な仕事をしているか、垣い間見た。いい体験だった。

(流星群だより第13号掲載)