休み明けの切ない一文

 十月二十六日(月曜日)、きょうもまたほぼ同時刻に目覚めて、そのまま起き出してきている。良いのか悪いのか? 秋の夜長にあってはいまだに夜中(二時半頃)であり、やはりありがたくない習性になりつつある。ただありがたいことは、まったく寒さを感じない夜の佇まいに身を置いていることである。
 きのう(十月二十五日・日曜日)は、心ウキウキした前日の秋の陽射しをはるかに凌いで、天高い好天気に恵まれた。私は朝食を済ますと、予定していた行動を開始した。ほぼ片道二時間半ほどをかけて、東京都国分寺市内に着いた。次兄夫婦とその長男夫婦が住む、宅へのお決まりの訪問である。
 次兄夫婦は、共に九十歳を超えた。もう何年も、月に何度かの表敬訪問を続けている。しかし、新型コロナウイルスのせいでこの頃は、黴菌を持ち込むのを恐れて、意識して控え気味になっている。次兄宅は第二のふるさとであり、次兄夫婦は実在する父親と母親代わりである。共に優しく、現在私あるのは、二人のおかげである。このことはひとときも忘れず、ずっと慕い続けてきた。かつては異なり、年老いた次兄夫婦に会うのは、今や愉しみばかりとは言えない。いや、実際のところは、健康状態を確かめるためのつらい訪問である。しかしながらそれは、強く肝に銘じているわが身の為せるただ一つの恩返しである。
 久しぶりに電車に乗ったけれど、新型コロナウイルス禍の騒ぎにあっても車内風景は、そう変わらなかった。車内風景とは、ずばり乗客数である。私の定例の訪問は土曜日か日曜日である。もとより、乗客数は平日より少なめである。しかし、いつもの日曜日と比べても乗客数は、新型コロナウイルス禍にあっても、少ないとは思えなかった。たぶん、秋晴れの好天気に誘われて、滞り気味だった人の行動が促されたのかもしれない。やはり、人の足と心の動きは、天気の善し悪しに左右されるところが大きいと、言えそうである。
 この秋晴れ、今週まで続くのか? と、気が揉めるところである。気が揉めることのイの一番は、やはり第二波が来そうなこのところの新型コロナウイルスの感染者数の地方や地域への広がりかたである。「GO TO トラベル(旅)」、「GO TO イート(飲食)」など、「秋の戯(たわむ)れ」とも思えるのは、それにありつけないわが金の乏しさと心の貧しさであろうか。
 きょうもまた懲りずに、私は秋の夜長の冥想(迷想)に耽っている。