十月十九日(火曜日)、目に見えて夜明けが遅くなってきた。すなわち、晩秋にさしかかり、長い夜は加速度を強めている。もちろん、季節の正常周期ゆえに歓迎こそすれ、ためらいはまったくない。自然界および人間界共に、異常状態こそ恐れるべきものである。
人間界は一年半強にわたり、新型コロナウイルスの感染恐怖に慄(おのの)いてきた。まさしく、世界中を動転させ続けてきた異常事態だった。ところが、日本国内にかぎれば、第五波と言われてきた感染力の勢いは、このところ急速に収束へ向かっている。現在はこの先第六波を免れて、文字を変えて終息へたどり着くかどうかの瀬戸際にある。第六波が来なければそのとき、人間界には正常の営みが訪れる。このことでは私は、目を凝らして新型コロナウイルスにかかわるさまざまな数値に、一喜一憂するところにある。
自然界とりわけこのところの気象は、正規軌道に乗っかりめぐり始めている。言葉を変えればこのところの気候は、季節相応に寒気を帯びている。わが身に堪える寒気の到来である。しかしながら反面、異常気象に怯(おび)えるよりはるかにましではある。
現在、私は寒さに震えて、寝起きの殴り書きに甘んじている。まだ夜明けは訪れないけれど、デジタル時刻は5:54と刻んでいる。壁時計の針は、音無くめぐっている。そのため私は、気をもみ始めている。きょうの私には、早出を強いられる歯医者通いがあるためである。わが行動予定がきっちりと埋まるのは、病医院を替えての通院予約日だけである。なさけなくもこのことには命に限りがくるまで、エンドレス(際限なし)が予想される。
確かにそれは、時が限られた異常状態ではなく、もはやきわめて正常な命のめぐりである。それゆえ、寒気にビクビク怯えるのとは違って、抗(あらう)すべなどない「俎板の鯉」の心境である。だからと言って、「さっぱり」という心境ではなく、やはり無念である。
薄っすらと、夜が明け始めている。夜明けが遅かったのは、雨の夜明けのせいだったのである。とっくに朝日が差していいはずの、デジタル時刻は6:12である。