10月22日(火曜日)。雨なく風もなくのどかに晴れた夜明けが訪れている。きのうはわが意に背いて、書き殴りでエンドレスになりそうな長い文章を書いた。そのせいで自分自身は疲れ、さらにはご常連の人たちの読み飽きと疲れを慮り、心中で詫びている。そのためきょうは、心して短い文章を心掛けている。いつもとは違って幸いにもきょうは、書かなければならないネタが二つもある。それはずばり、お二人様から思いがけなくさずかった驚嘆すべき「善意」である。
きのうは久しぶりに妻を連れ合って外出行動をした。先ずは、当住宅地内にある不断掛かりつけのS医院へ通院である。二人一緒に診察室に入り、妻を先に順番に診察を受けた。普段の診察と併せて、共にそれぞれが現在服用中の一か月ごとの薬剤の処方箋をもらった。その場の飛び入りの処置には、インフルエンザの予防注射を所望し、快く打っていただいた。新型コロナウイルス感染予防のためのワクチン注射の諾否の相談もあったけれど、こちらはその実行の可否を次回以降に先延ばしにした。診察以外では先生が横浜ベイスターズファンであることを知っていたため、私からそれにかかわる話題を持ち出した。時あたかもクライマックスシリーズにおけるベイスターズの活躍ぶりに合わせて、会話は愉快に沸騰した。
医院を後にすると、最寄りの「北鎌倉台バス停」で、巡って来た「大船行きバス」に乗車した。大船(鎌倉市)は、私たちの不断の買い物の街である。ところが、わが家の買い物はもう長く、私の専一行動となっている。決まって大船へ妻を連れ合うのは主に、妻の「髪カット」のおりの引率同行くらいである。しかし、この日の妻は、わが買い物への手助け同行を進言した。もとより私は,病弱の妻へ買い物袋を持たせるつもりはないし、それは妻も承知の助でもある。だけどやはり、妻をともなう買い物は、品物選びに大助かりのところがある。なぜなら、妻の好み、妻が手にした物を籠に入れさえすればいいという気楽さがある。いつものわれひとりの買い物で帰宅のおりには、ときたま妻の不満に出遭うこともある。だけどきょうは、それがないからである。
買い物回りの最初の店は、わがいつもの巡回コースどおりに野菜と果物の安売り店「大船市場」だった。妻が手にとった数々の品物を私は、無造作に籠に入れていった。しばし並んで勝手知ったレジへ向かった。レジには横並びあるいは並びきれずに飛び飛びに、いつも10人ほどの人たち、中年あるいは高年の女性たちが立ち並んでいる。彼女たちは時間制のパート働きのようであり、店の経営者はその倍数の人たちを雇っているようである。男性はレジには立たず、裏方作業にのみ徹している。男性のほうは、おおむね高年を超えてなお高齢者ばかりである。私は買い物を愉しむためにレジ係の女性と無言でお金を払うことを避けている。店は混雑きわまりないので長い立話は慎み、挨拶と御礼の言葉かけにすぎない。そしてこれまで、5人ほどの人と顔見知りになっている。
「次の人、どうぞ」の掛け声に釣られて、私と妻はレジへ向かった。幸いにも普段馴染みの人の声だった。いつものように愛想よく籠から手にとり、レジ打ち始められた。ナスを手にとり、一瞬「これ、もっと良いものを探してきますね」と言われて、遠いナスの売り場へ小走りされた。しばらくして、ナスを持ってレジに戻られた。
「こちらがいいですから、これに替えますね」
もちろん、同じ値段のナスである。どこかに傷みかけがあったのかもしれない。私たちは二人して、素早い行動とその優しさに感銘し、何度も感謝とお礼を述べた。バカな私は、こんなことまで言った。
「私は、不断からあなたのファンになっていて、良かったです」
相対した人は、笑顔で応じてくださった。並んでいる買い物客は、「次の人、どうぞ」と、呼ばれると急いでその人のところへ向かった。
籠を台に置いて、無言でお金を支払っていた。きのうはここの店で買い物がいっぱいになり、いやここだけで私は、ほかの店の買い物を持つには耐えなくなっていた。なぜなら私は、背中には大きな買い物用のリュック、両手には普段の二つの持参の買い物袋、さらにレジで買った一つのレジ袋を加えて、三つの買い物袋を手提げした。ヨロヨロの足取りで、次の「鈴木水産」そして「総菜屋」へ立ち寄った。ここでの買い物は自分では持てず、重さ加減を手にとり、妻が持ってくれた。
「きょうはタクシーで帰ろう。重くて、バスは無理だよ」
「そうね。パパも腰が痛いんでしょ……」
二人は50メートルほど歩いて、待機中のタクシーへ、二人の体とリュック、四つに増えていた買い物袋をソファにようやっと沈めた。
タクシーがわが家の門口へ停まると、ここでまた予期しないことが起きたのである。それは、運転士の善意だった。運転士はすぐさま運転席から離れて、後部座席の一方のドアを開いて、私たちの降車を手伝ってくださったのである。私たちは何度も腰を折り、お礼の言葉を繰り返した。メーターは2300円を示しており、私は車内で「札と硬貨」で、ちょうどの金額を支払った。少し金額を上乗せすべきだったかな? と、私はあとで後悔した。
きのうは思いがけなくお二人様の善意に遭遇し、私たちには夢を見ているような心地良い一日だった。
書き殴りを続けていたら、最長の文章になってしまった。こんな文章は見ただけで、読んでくださる人はいないだろう。ところが、私にはきのうのような書き疲れはない。掲示板を汚すため、投稿ボタンを押すかどうかを迷っている。短く書くつもりに背いて、詫びる心は横溢である。ところがわが心は晴れて、大空もまた秋晴れに向かいつつある。