「歯と口の健康週間」

 6月4日(火曜日)。夜来の雨が空気を浄めて、満天青空の夜明けを恵んでいる。つれて、わが寝起きの気分は爽快である。これぞまさしく、自然界の無償の恵みである。いっとき指先を休めて、堪能しなければ大損々である。しばし、カレンダーを眺めている。すると、きょうの日には「歯と口の健康週間」と、添え書きがある。あまりにも皮肉めいていて、私は悔しさをつのらせては呆然としている。
 先週、私は上の最前(真ん中)の前歯を損傷した。諦めきれずに鏡で、今なおそのところを何度も見ている。上下をそろえるとその部分だけが、まるでふるさと「阿蘇山」の噴火口みたいに、「ぽっかり穴」を成している。しかし、予約通院はほったらかしにしたままである。そのわけは、一つには痛さがないこと、そして一つは、もはや修復のしようはないだろうという、自己診断のせいである。
 恥を晒して、損傷(崩れ欠け)状況を再現(現場検証)すればこうである。私は大好物の「井村屋のアズキキャンデー」を、普段の習わしにしたがって食べていた。アズキキャンデーはもとより氷菓子であり、石ころに匹敵するほどに固く凍結している。ゆえに食べ方の常道は、最初はゆっくりと舐めながら、しだいに溶けてゆくものを最後には噛んで、腹の中に納めるべきものである。ところがこのときの私は、逆行をしでかしたのである。たちまち、歯が数個に割れて、口の中と足下に崩れ落ちたのである。万事休す。悔しさつのる「後の祭り」である。
 悔しさまぎれにまたまた私は、カレンダー上の添え書きを恨めしく眺めている。このところの私は、文章は休みがちになり、書けばなさけない文章ばかりを書いている。かつて私は、ある人とこんな会話を交わしたことがある。
「毎日、私は文章を書いています」
「前田さんには、毎日、書くことがあるんですね。よく書けますね。わたしは、はがき一枚も書けません」
 いよいよ、私も書けない状態に陥っている。なさけない歯の損傷がネタになるようでは、確かにわが文章はどん詰まりである。気晴らしは、指を休めてまたまた青空眺めである。爽快な気分は、翳り始めている。