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ひぐらしの記

大型連休、「生きています」

四月三十日(金曜日)、目覚めてすぐに起き出して来た。現在のデジタル時刻は、5:32と表示されている。しかし、慌てる気分は遠のいている。それは、開き直りをみずからに課しているためである。きのう、一日じゅう降り続けていた雨は止んで、朝日が明るく...
ひぐらしの記

寝起きの戯言(ざれごと)

横文字やきらびやかな言葉の多用は、確かに多能や多才の証しにはなろう。しかしながら半面、頼りない才能の見せびらかしにも思えてくる。実際、時と場合においては、緊張感をともなわない実の無い言葉になり下がる。たとえ簡易な日常語であっても、分かり易い...
ひぐらしの記

わが疲れ癒しの処方箋

猫の額にも満たない庭中にあってこのところの私は、百円ショップで買い求めたプラ製の腰掛に座る日が続いている。この主目的は、イタチごっことも思える、雑草取りのためである。ところが、主目的変じて腰掛に座れば逆に、私は雑草に憂鬱気分を癒されている。...
ひぐらしの記

途中経過の悲しみ

これまでの私は、意識して新型コロナウイルスにかかわることは、できるだけ書くまいと、肝に銘じてきた。なぜなら、このことにかかわることを書き連ねれば、気分の晴れることはない。 人類社会は、今なお収束の見えない新型コロナウイルスとの戦いのさ中にあ...
ひぐらしの記

延長戦続く、新型コロナウイルスとの闘い

どこまで続く、泥濘(ぬかるみ)ぞ! 人間社会の穏やかな日常が、始末に負えない新型コロナウイルスのせいで、日々砕けてゆく。東京都、京都府、大阪府、兵庫県の四自治体は、きょう(四月二十五日・日曜日)から、三回目となる「緊急事態宣言」の開始となる...
ひぐらしの記

夜明けは、いつもの好天気

四月二十四日(土曜日)、今朝もまた遅い起き出しである。いつもであれば文尾に書いている朝日の模様を、きょうは冒頭に書いてみる。似たり寄ったりの文章に、姑息な手段で変化をもたらすためである。 夜明けの空は、すでに朝日に明るく染まり、大気と地上は...
ひぐらしの記

「生きるために食べている」

四月二十三日(金曜日)、こんな書き出しはどうでもいいことだけれど、今朝の私は「おさんどん」を先に済まして、階段を上がってきた。このことではこのところ続いていた寝坊助による心の焦りはなく、ゆったりとした気分には、ほんのりと余裕さえ感じている。...
ひぐらしの記

「目覚めの、嗚呼、無情」

確かに、寝坊助が常態化している。四月二十二日(木曜日)、これまたこのところ定番化している表現である。それはこうである。すでに、朝日が煌々と輝いている。すなわち、夜明けはとうに過ぎている。今さらながらに私は、目覚めて寝床の中で、心中にこんなこ...
ひぐらしの記

山は緑、ウグイス鳴く

四月二十一日(水曜日)、起きて窓ガラスを覆うカーテンを開ければ、新緑まぶしい季節にある。これにわが起き待ちのウグイスが喜んで、澄明(ちょうめい)な鳴き声を高音(たかね)で奏でてくれる。小鳥の鳴き声の表現の定番には、囀(さえず)るという、もの...
ひぐらしの記

晩春の目覚め

四月二十日(火曜日)、今朝もまた寝坊助に陥り、慌てて起き出して来た。しかし、寝ぼけまなこではなく、瞼はすっきりと開いている。すでに覚悟を決めたせいなのか、文章執筆にたいする焦燥感は遠のいている。夜明けの陽射しは、昼日中とまがうほどに煌々と輝...