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大沢久美子撮影

危ない兆候

机上カレンダーを眺めていた。きょうの行事には、「官庁御用始め」(1月6日・月曜日)とある。こんな歳時(表記)は、かつての官尊民卑の名残であろう。あらゆる面で差別が省かれている現代の世にあって、こんな表記はいつまで存続するのであろうか。公務員であろうと民間人であろうときょうは並べて、ことし(令和7年・2025年)の仕事始めであろう。いやすでに元旦から公務および民間相なして、仕事(職業)に携わられている人たちは数多いる。これらの人たちに支えられて日本社会は、ことしにかぎらず毎年無難にめぐっている。それなのにテレビを中心とする各メディアは、長期休暇(9日間)や国内外への旅行をやたらと囃し立てる。企業に対する賃金上昇依頼の掛け声とて、もとから賃金にありつけない人は数多いる。これらのことを鑑みればへそ曲がりの私は、日本社会に置ける節操の無さを慮っている。メディアは視聴率を稼いで、政府は政権維持に大童で、共に飯の種にしているのであろう。ところが、日本社会にあっては旅行や賃金上昇などまったく用無しに、置いてきぼりを食らう人たちは数多いる。起き出して来て出まかせの文章を書くようでは、もはや「ひぐらしの記」の価値は無い。「文は人なり」。大沢さまと高橋弘樹様の文章は常に明るい。一方、私の文章は常に暗い。人としての格や器の違いであり、仕方ないとは思うけれど、なさけなく惨めである。挙句、しょっちゅう書き止め気分に晒されている。このところの私は、気力の萎えに陥っている。たぶん、年が変わって85歳(7月)がチラチラ見えているせいであろう。医療や薬剤では治しようのない、終末人生にともなう確かな「不治の憂い」なのであろう。これに輪をかけて冬本番を迎えて、日増しに寒気が鋭くなってきた。現在のわが身体は、ブルブル震えている。もとより書く価値ない文章は、夜明け前に早じまいである。

☆大沢先生へ2025年初メッセージです☆

大沢先生、感想の御投稿をどうもありがとうございます。
心から感謝申し上げます。
弟は、ぼくのような”大大無頼”ではなく(大笑)、技術職の正社員(エンジニア)です。
弟の奥さんは、穏やかな性格の人です。
父も弟も理系人間ですので、文系人間であるぼくとは、多少考え方の違いがあったりしますが、楽しいひとときでした♪♪♪♪

こちらこそ2025年もどうぞよろしくお願い申し上げます(^^)m(_ _)m

今年もよろしくお願いします

 高橋さん、「タレント日記」今年も楽しませてください。弟さんは結婚されていらしたのですね。初耳でしたので心が温まりました。そしてお父さんとお揃いで新年を迎えられたのですね。弟さんのお嫁さんのおもてなし、さぞ和やかなひとときを過ごされたことでしょう。
 今年も無理をなさらずに掲示板への投稿もよろしくお願いします。

待たれる陽春

1月5日(日曜日)。刀折れ矢尽きる。新春早々、音を上げている。身に沁みる寒気のせいではない。終末人生を生きることは、雲を掴むほどに難儀である。泣き虫、弱虫。愚痴こぼしを抑制し生きたり、なおその様を文章に綴り続けることなど、凡才の私には不可能である。挙句、文章を書けば愚痴こぼしまみれになる。だったら、恥や苦痛を忍んで書くこともない。起き立てのわが偽らざる心境である。恐れていた「ひぐらし記」の頓挫に見舞われている。現在は魔境にある。こののちの私は、これを打ち砕くことができるであろうか。もとより、心許ない心境である。こののちを生きる実際の難儀は、終活と呼ばれている人生の締め方、終わり方である。そしてこのことは、就寝中にあって悪夢となり、常にわが心身を脅かし続けている。言うなれば二度寝を阻む、極悪の張本人である。きょうの寝起きの心境をありのままに綴った。この先を書く勇気や価値はない。夜明けののどかな朝ぼらけを仰いで、悪夢に虐められた心身をしばし解し、癒すことにする。人生の長さは、必ずしも幸福には結びつかないのかもしれない。だけど、太く短くも味気ない。一陽来復、陽春になれば気力の回復が叶うかもしれない。どうかなー…。

☆HIROKIのタレント日記☆

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《えっ!!これが栗きんとん?!》
正月は過ぎてしまいましたが、きょうは、弟宅へ新年の挨拶のため、訪問しました。
まずは、某駅まで車で迎えに来てもらい、ぼくを拾ってもらってから、父の家に向かい、父を乗せてから、弟宅へという順序でした。
弟宅到着後の食事は、メインは手巻き寿司(なぜかご飯は酢飯ではありませんでした・笑)で、ぼくはマグロ系ばかり食べていました。
マグロは、ぶつ切り・たたき(細かい・粗いの2種類有り)で、良かったです♪♪♪
手巻き寿司が終わった頃、弟の奥さん(弟は、ぼくと違って〈大笑〉既婚者だったのです!!)が、画像1枚目の通り、「栗きんとん作りました!!」と出してくれました。
薄いグレー? のように見えますが、実際は薄いグリーンなのです。
鮮やか黄色にするために、2枚目のように、くちなしの実を使ったそうですが、「黄色にならなかった〜〜」と嘆いていました。
食感は、ねっとりしてなくて、さつまいもそのものを食べている感覚でした。
栗も1個だけでモンブランのようでもありますが、☆新たなサツマイモスイーツ☆といった感じでした。
ぼくは、「グリーン大好き人間だし、スイーツ大好きだし、小鉢も良かったーー♪♪」と伝えたら、奥さんはたいそう喜んでおりました(笑)。
ということで、栗きんとんは、☆新サツマイモスイーツ☆だったーーと思った瞬間でした☆

☆前田さんへ2025年初メッセージです☆

今年の箱根駅伝、前田さんの母校中央大学は、本当にほんとうに残念でした。
来年の☆第102回箱根駅伝☆では、ぜひぜひ☆中央大学総合優勝☆となるようにぼくも祈っているところです☆

第101回(令和7年)「箱根駅伝」記録

1月4日(土曜日)。目覚めて起き出して来て、寒さでブルブル震えている。きょうは書く気分を殺がれていたけれど、身勝手にもこのことだけを記録として、留めて置くためにパソコンを起ち上げている。現在のデジタル時刻は、4:43と刻まれている。わが毎年の正月三が日の行事は、「箱根駅伝」の往路(2日)・復路(3日)のテレビ観戦である。ことしは、第101回大会だった。もちろん両日、私はテレビの前に放映開始から終了まで陣取った。母校・中央大学の成績は、往路には留飲を下げ、復路には喉や胸につかえた。すなわち、往路2位、復路13位、総合(往復)5位だった。ちなみに、昨年は総合12位である。ことしの優勝は青山学院大学であり、2位は駒澤大学、3位は國學院大學、4位は早稲田大学だった。青山学院大学は、昨年に続いて見事連覇達成である。年初早々、来年のことを書けば鬼に笑われる。けれど、バカな私は、書かずにおれない。なぜなら、来年は予想される陣容からすれば、母校が優勝しそうである。ところが、これまた予想されることでは、来年の第102大会まではわが存命が危ぶまれることである。だったら、記録に留めることなど、不要なのかもしれない。いまだ夜の静寂(しじま)にあり、ここで文章を閉じて、寝床へとんぼ返りを決め込んでいる。しかし、二度寝にありつける保証はなく、いやたぶん、復路の成績が悔しくて、悶々を続けるであろう。もう正月は四日目である。現在のデジタル時刻は、起き出しの定時(5時)と決めているところから、7分ほど過ぎている。

ことしの机上カレンダーの使い始め

令和7年(2025年)、1月3日(金曜日)。ボケ老人にあっては、年変わりを間違えないようにしなければならない。だから、机上カレンダーを確かめて、日取りを書いた。覆われていたラップをバリバリ引き裂いて、ことしの机上カレンダーは、いま初めての使用である。机上カレンダーは、文字どおりわが日暮らしの手近な盟友である。こんなにも有用で大切なものなのに私は、毎年100円ショップで買っている。しかしながらそれはケチのせいではなく、机上のノートパソコンの傍らに置いて、一目瞭然の役割を果たしてくれるからである。実際のところでは、年々忘れゆく日本社会における「歳時(記)や行事」の併記にあずかっている。きのうは、併記されていた「書き初め」にちなんで一文を書いた。きょう3日には無印だけれど、1月には年初特有に様々な行事が羅列している。きょうは正月三が日の最終日である。元日そしてきのうには、日本社会に大きな災害は無い。私は、三が日が無事に過ぎることを願っている。しかし、気が咎めるのはやはり、「能登半島地震」(昨年の元日に発生)における被災者の遣る瀬無さである。きのうの私は、ひねもす茶の間のソファに背もたれて、「箱根駅伝・往路」のテレビ観戦に興じていた。そしてきょうは、その復路のテレビ観戦に茶の間で陣取る。かつての私は、母校・中央大学の幟旗を翳して、沿道応援に駆けつけていた。ところが、仲間(年上の相方)が亡くなられた以降は、沿道応援は沙汰止みになっている。ソファに背もたれていた私は、箱根駅伝のテレビ観戦の合間には、窓ガラスを通してこれまた正月風景を愉しんでいた。それは、鎌倉市街に位置する「鶴岡八幡宮」への初詣の人たちの往来風景だった。わが家近くの登り口を上れば、「円海山・山系」に一筋の「天園ハイキングコース」ある。それを市街に向けて下れば、山中道を踏んで「鶴岡八幡宮」への近道を成している。だから、当住宅地の人たちの初詣は、正規の「鎌倉街道」へは向かわず、ハイキングコースの山中道を踏んでいる。私の場合、当てにならない初詣は、まったくの用無しである。だけど、人様の初詣風景には、こころ和むところがる。きのうの私は、箱根駅伝のテレビ観戦と、人様の初詣風景をソファに背もたれて愉しんでいたのである。前者から生じた楽しみは、母校の思いがけない快走(往路2位)によるものだった。きょうは「箱根駅伝・復路」である。私は欲深く、「柳の下のドジョウ探し」を狙っている。しかし、「柳の下にいつもドジョウはいない」。こんな憂き目に遭いそうである。ようやく薄く夜が明けた。人様の声が聞こえている。懐中電灯を翳して、「天園はキングコース」踏んで、鶴岡八幡宮へ向かった帰りのひとたちの声なのか。あるいはこれから向かう人たちの声なのか。神様がこの一年、投げ入れる賽銭に見合う、幸運を授けてくださることを願うばかりである。

「書初め」は、躓きと大恥

新しい年(令和7年・2025年)の正月・元日・元旦には、「御来光」を拝めるほどに、すこぶるつきの好天気が訪れた。ところが私は、御来光を拝むためにあえて、わが家近くの山(天園ハイキングコース)へは向かわず、茶の間のソファに背もたれて、ひねもすポカポカ陽気を満喫していた。しかしながら内心は、必ずしも穏やかではなかった。なぜなら、昨年のこの日このときの地震、そして9月の豪雨と相次いだ能登半島地域の災害を浮かべて、心を痛めていたからである。半面、正月気分に酔うことなく、私にもまだ慈愛の心が残っていたことにはうれしかった。きょうは正月三が日の二日目、古来の日本社会のしきたり(行事)によれば、「書初めの日」である。もとより書初めは、真新しい和紙に向かい、身なりをととのえて精神一到、墨したたる毛筆で厳かに書くものである。ところが、私には書初め気分だけが先走り、本来の書初めを真似てスマホ片手に、寝床の中で文章を書き始めたのである。すると、怠け心と指先不器用が相まって、何度もへまを繰り返し、挙句、文章は途中で消え去った。これに懲りて私は、寝床から抜け出しキーを叩き始めている。なぜ、こんな状態になったかと、一つだけ口実(弁明)を言えば、執筆時間にせっつかれて、目覚めるままに寝床で書き始めたからである。ゆえに現在、内心では(きょうは書かなければよかった)と、悔い心まみれにある。すなわち、きょうの私には「箱根駅伝・往路」のテレビ観戦の予定がある。すると私は、スタート時間の午前8時から、1時間ほどま前の7時あたりから、階下のテレビの前に居座ることとなる。おのずから、執筆時間と重なることとなる。だから私は、それを避けたかったのである。もとより「書初め」は、こんな浮ついた気分で書くものではない。私は真似事をしくじったのである。年初より私は大恥をかいて、そしてそれを晒して悔い心まみれにある。わが今年の門出は、「躓きと大恥」である。母校・中央大学の快走で、鬱のな気分が晴れれば万々歳である。

現代文藝社編集室より

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