掲示板

坂本弘司撮影

♪大沢先生へメッセージです2♪

大沢先生、御返事の御投稿どうもありがとうございます。
この時期の天候不順は、本当に困ってしまいます↓↓
植物育成ライトを購入しようかな、とも思っていますが、上手い事設置する場所がありません。
きょうのように曇りで気温の低い日は、窓辺に鉢を置くようにしています。

 大切に育ててくださっていて嬉しいです。

高橋さん、パッションフルーツの葉が大きくなりましたね。気温が高くなったら急に伸びると思います。日光が必要です。枯れていないようですから、蔓はその内出てくるのではないでしょうか。

無題

パソコンを起ち上げた。ところが、書くことがなく、休もうと、閉じかけた。すると、私を助け、「ひぐらしの記」の継続を叶える、出来事が浮かんだ。とうとう、多くのきょうだいの中で、生存者は私一人だけになった。寂しさ、無限につのるものがある。「捨てる神あれば拾う神あり」。突如、LINEの中に、こんなチーム名が誕生していた。それは、「前田チーム、静良叔父ちゃんを励ます会」である。メンバーはとりあえず、首都圏に住む、甥と姪たちが主である。出来立てであるのに、10名のメンバーが記されている。二兄(東京都国分寺市)にかかわる甥2名、姪1名、都合全員で3名。三兄(東京都昭島市)かかわる甥全員で2名。四兄(東京都国分寺市)にかかわる甥1名、姪1名、義姉1名、都合全員で3名。私にかかわる娘1名。私。都合全員で2名。ここまでのメンバーで10名である。妻はまもなく入会するはずだ。とりあえずと書いたのは、ふるさとの長姉と長兄にかかわる、甥と姪へも入会が呼びかけられている。加えて、私より年上になる異母長兄の姪3人と甥1人。さらには異母長姉の甥2人も、呼びかければすぐに入会しそうである。これらには子・孫あるいはひ孫のいる家庭を持つ者もある。みんな、わが父、異母、そして母との繋がりの一員を形成している。とりあえずの10名は、メールのやり取り盛んに、私の励ましにおおわらわである。きょうはこんなことを書いて、継続の足しにしておしまいである。恥晒しではないけれど、かたじけなくおもう。私は、死ねなくなっている。文章とは言えそうにないから、題はない。

ありがとうございます

 大沢さん、高橋さん投稿の感想ありがとうございます。
 大沢さんのお父様も剣道しておられていたそうで一寸親近感を覚えます。剣道の大先輩ですね。私は、今でも剣道の稽古をしたいと思います、がもう無理でしょう。若い頃はまさか80歳を超えるまで剣道をしているとは夢にも思っていませんでした。

♪古閑さんへメッセージです♪

今回も古閑さん御宅の花々、鮮やかで素晴らしいです♪♪♪♪♪♪
『剣道人生』と『囲碁生活』、こちらも素晴らしく思います☆☆☆☆☆☆●○
「今」を楽しんでいらっしゃる『古閑さんの生き方』に”大大大エール”を贈ります(^O^)/(^O^)/(^O^)/(^O^)/(^O^)/(^O^)/(^O^)/

♪大沢先生へメッセージです♪

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キュウリの成功とクチナシ三輪、そして、パッションフルーツの花芽、なによりですね(^^)(^^)(^^)
昨年4月に先生からいただいたパッションフルーツは、画像の通り大きくなりましたが、今のところ蔓も伸びず、特に変化はありません。

私の畑

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 我が家のベランダの畑のキュウリが随分大きくなりました。キュウリの苗は二本買いましたが、隣のもう一本の苗にも実がついていて、大きくなり出しています。いつもキュウリは下の方の葉が黄色くなってしまい、実が付きにくかったのですが、今年はうまくいきました。

素晴らしい暮らし

 古閑さん、花いっぱいに囲まれて穏やかな毎日をお過ごしのようですね。剣道をどうなさっているのかと訊ねてみようと思いながら聞かずじまいでした。ずっと続けていらしたんですね。テレビで剣道の番組を見ることがあると古閑さんを思い出します。私の父も若い頃に剣道をやっていて、木刀が数本残っています。父の剣道着姿も写真が残っています。
 囲碁仲間がいらしてうらやましいです。私はまったく布石が覚えられず、パソコンで闇雲に打っています。日曜日のNHKの囲碁トーナメントは欠かさず見ています。

私の庭

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先日咲いたクチナシの花はグラスにさして仏壇に供えました。今朝は三りん咲きました。どちらも上品な良い香りを漂わせています。クチナシの花の香りは、早朝に漂っているのが良いかなと思いました。

おっちょこちょこの人生

パソコンを起ち上げて、のっけから電子辞書を開いている。「徳俵:相撲で、土俵の東西南北に、俵の幅だけ外側にずらしておいてある俵」。力士にすればオマケの俵である。だから、徳俵と名がついている。これくらいの説明書きがなければ、電子辞書の価値はない。徳俵のことはどうでもいいけれど、文章の都合上、冒頭で徳俵の由来を記したのである。わが人生はオマケの「徳俵」さえ踏んでしまい、いよいよ後がない。きのうは下歯に詰めていた岩石みたいな詰め歯が、まるで西の空の日没を見ているかのように静かに外れた。このため下歯は、前歯周辺の何本かを残して、左右には噴火口みたいな旧い穴ぽこに加えて、新たな穴ぽこが並んだ。上歯はすでに詰め歯がとれていて、いたるところが穴ぽこだらけになってしまった。歯医者嫌いで、これまでは痛みが出ないかぎりほったらかしにしていた。しかし、きのうの下歯の詰め歯の外れは、「万事休す」、と宣告を受けたのである。上下すなわち、歯並び全体が「穴ぽこ」だらけになり挙句、大好きな御飯さえ(もう、食べなくてもいいや)と駄々をこねて、敬遠する状態になりつつある。すわ! これでは歯どころか、「命」が一大事だ! と、慌てふためいて私は、間遠になっている掛かりつけの歯医者に予約を入れた。そのとき決められた診察時間は、きょうの午後2時である。運よく修復できるのか。それとも運悪くもはやお手上げで、また穴ぽこのままにほったらかしにし、やがて訪れる痛ささえ我慢して、自然死まで耐えるのか。きょうは、わが生来の優柔不断の決断をどちらかに迫られる日になりそうである。もちろん診察を終えるまでは、わかりようはない。ただ、残存のわが命に突然、大きな出来(しゅったい)が生じたことだけは明白である。もう一つ、知りすぎている言葉だけど、電子辞書調べをした。「パンク:①自動車や自転車のタイヤのチューブが破れること②物が膨らんで破裂すること③適量を大幅に越えて機能が損なわれること」。調べるまでもない言葉なのにあえて、電子辞書を開いたのは、これまた文章都合上のためである。そしてそれは、電子辞書の説明書き③の記述に該当する。私の歯、いや体全体は、徳俵でこらえてももはや、後がないパンク状態にある。あすと言わずきょうにも、息の根が止まりそうである。いよいよ私は、人生の総括をしなければならない焦燥感に見舞われている。確かに私の体は、歯のみならず日に日にどこかの不良をいや増し続けている。ところが、わが体の不良や衰弱ぶりばかりではなく、身内、友人、知人の訃報は途切れることなく続くようになり、おのずからわが気分をむしばんでゆく昨今(さっこん)である。三度目の電子辞書すがりは、これまた知りすぎているこの言葉である。「昨今:きのうきょう。この頃」。わが体いや命は、焦眉の急に脅かされている。大袈裟に書いたけれど、創作文(虚構)の真似事をしたまでのことである。こんな文章など身のため、書かなければよかったのかもしれない。しかしながら、書かないと文章は、きのうで頓挫の憂き目を見たことになる。継続とは恨めしいかぎりである。継続は世に言う、わが人生に力を与えてくれているのだろうか。梅雨とアジサイの季節は、私にとっては物憂い季節である。ただ、きょうの診察しだいでは、すぐに明るくなることはある。表題は「おっちょこちょこの人生」でいいだろう。