坂本弘司撮影 高橋さん、花の写真の感想有難うございます。 前田さん、悪乗り結構ですよ。思わず笑っちゃいました。太陽が輝いています。愚痴こぼし、今はカラスが我が物顔に青空を飛んでいます。うるさいほどの鳴き声を響かせています。こちらも負けずに愚痴こぼしをしましょう。 「目に青葉山ホトトギス初鰹」(山口素堂)。5月10日(金曜日)。頃は好し、風雨なくひっそりとのどかに晴れた夜明けが訪れている。自然界の恵みはくまなく万端である。日がめぐり、朝・昼・晩は時を変えて、必ずやって来る。そうであればいつも、こんな朝を迎えたいものである。なぜなら、自然界すがりとはいえ、おのずからわが気分は爽快である。寝起きにあって、こんな気分になるのはめったにない。まさしく、天界がくれた好気分である。このところのわが気分は、滅入っている。ゆえに、天界の粋なはからいである。気分が滅入る根源は、恥を晒して文章に記してきた。反面、晒し記すことで、気分の滅入りを和らげてきた。確かな、愚痴こぼしの恩恵である。生来の「身から出た錆」、すなわち私は、小器とマイナス思考の塊である。もとより、先天の悪性を後天で矯(た)め正すことはできない。だとしたら、なにかしらの対処法を探さなければならない。すると、探し当てたところは愚痴こぼし。案外、愚痴こぼしがその役割を担っているのかもしれない。こう気分を損なう、恥晒しの文章を書いてしまった。大沢さまかさずかった「何でも良いですから、書いてください」のお言葉に、悪乗りしてしまったのである。わがお里の知れる文章である。それでも、書かないより書いたほうがましである。愚痴こぼしは、確かにわが生きるエネルギーの一端を成している。しかし、人様には迷惑至極である。朝日は、初夏の大空を青く色成している。 バラの花、綺麗で素晴しいです♪♪♪ 5月9日(木曜日)。風の強い曇り空の夜明けが訪れている。パソコンを起ち上げて、心中にこんなことを浮かべている。(「ひぐらしの記」は、わが終末人生におけるわが家の破綻、加えてわが夫婦の命の絶え時に向かう文章へ成り下がっている。恥ずかしいとは思わないが、なさけない文章である)。世の中にあっては命果てるまで、日記を書き続ける人は数多いる。わがかぎりなく敬愛をおぼえる人たちである。ところが一方、年老いてまで、ブログに日常をさらけだす私日記を書く者は、ほぼ私だけであろう。このことでは、能天気な愚か者である。ゆえに私は、常に「ひぐらしの記」の潮時に苛まれている。きのうの文章『偕老同穴とも白髪』は、まさしくその証し最たるものだった。もちろん、文章を書き終えたわが気分は萎えていた。ところが早速、大沢さまは掲示板上に激励文を記してくださったのである。文中の一部を再記すればこうである。前田さんのひぐらしの記を読んで勇気づけられ励まされることもあると思います。それこそ「何でも良いですから、書いてください」。いや、この励まし文で、文字どおり励ましを得たのは私のほうである。その証しに私は、書くつもりのなかった文章を書いている。とりわけ、「何でも良いですから、書いてください」の励ましは、こんにちまでの「ひぐらしの記」継続の根幹を成してきたのである。しかしながら、何でもいい文章であってもこのところは、(もう、書いてはいけない)思いが横溢である。その理由はこれまた、きのう書いたわが文章を再記すれば、「人様の気分を阻喪している」と、思うゆえである。その確かな証しには、きのうはふうちゃん(ふうたろうさん)から、お見舞いのメールが送信されてきた。その前日にはマーちゃんから、心臓と脳の異変にまつわる励ましの電話が届いた。わがたそがれ人生は、とうに深い闇に中にある。それを綴るだけの「ひぐらしの記」は、やはり潮時なのであろう。しかし、再び大沢さまの激励文を再記すれば、「胸の内の悩みや苦しみは、遠慮せずに掲示板で吐き出してください」ともある。これまた、わが嘆き心を晴らす拠りどころである。曇り空は、風を強めて雨の夜明けになり変わっている。 大袈裟に、ご心配をおかけいたしました。文章の「綾」と思ってください。申し訳ありません。 前田さん、このところのひぐらしの記には奥様とおそろいで外出なさる様子がたびたび書かれており、日増しにお元気になられていると安堵していましたけれど、骨折が見つかったとは大変ですね。奥様はさぞかし驚かれ、ご主人様は衝撃だったことでしょう。でも娘さんもご一緒とのことで、痛みも分かち合うことが出来たのではないでしょうか。身内の付き添いは心強いものです。 5月8日(水曜日)。ゴールデンウイークが過ぎて、人間界も自然界も正規軌道を回り始めている。この時季の自然界の正規軌道とは、人間の心の和む晴れの夜明けである。ところがわが家の場合は、反転回りである。きのうは妻の定期診断で、「大船中央病院」(鎌倉市)へ引率同行した。診療科は整形外科である。主治医の予約診断(10時30分)の前にあっては、地下で腰部や背部のX線と骨密度の検査撮影が行われた。これらの検査が済むと、2階の診療科の窓口へ出向いて手続きを終えた。横須賀市内に住む娘は、すでに駆けつけていて出会った。しばらくして妻の名が呼ばれ、三人して主治医が侍(はべ)る2号室に入った。三人そろって、丁寧に主治医に挨拶をした。すでにお顔馴染みの主治医は、しばしモニター画面を眺められていた。診断が下された。「骨密度が低下し、背骨のところが一部、折れていますね」。思いがけない診断結果だった。三人はそれぞれに、気分が沈んだ。次回の予約日は、8月6日と決められた。診療費を支払い、処方箋をもって戸外に隣接する調剤薬局へ出向いた。出かける前の雨は小降りだったけれど、大降りに変わっていた。私は零れそうな涙を抑えた。夫婦生活は、片方(私)だけが健康で成り立つものではない。妻が診断を受ける前にあっては、妻と娘は、わが先日の異変を危ぶみ診察を懇願した。わが家の生活は突然、いっそう暗雲が垂れ始めている。わが文章には自分自身、気分が萎えるばかりである。それよりなにより、書くまでもないことを書いて、人様の気分を阻喪している。平に謝り、お許しを請うものである。偕老同穴を叶えることはこの先、安らかな道のりではない。朝日が輝き、ウグイスは鳴いている。自然界の夜明けは「平和」である。わが家、わが身は、さにあらず…。

ありがとうございます。
その調子です!
気分の好い夜明けにあっても「愚痴こぼし」
♪古閑さんへ『庭の花』の感想です♪
嵐のように、揺れ動く心象
大沢さまへ、御礼申し上げます
回復をお祈りしています。
胸の内の悩みや苦しみは、遠慮せずに掲示板で吐き出してください。読んでくださる皆さんも何かしら心当たりがあるものです。前田さんのひぐらしの記を読んで勇気づけられ励まされることもあると思いますよ。それこそ「何でも良いですから、書いてください」です。
奥様の体調の回復を心から願っています。
偕老同穴とも白髪




