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坂本弘司撮影

♪古閑さんへ『庭の花』の感想です♪

6月初夏へ向けて、花々は全開ですね↑↑↑↑↑↑
特に、酔芙蓉の切り株からの生長とくちなしの花もよかったです♪♪

庭の花

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 花も、比較的永く咲いている花もあれば、1日か2日で散ったりしぼんだりする花もあります。
 昨年、根本から切った酔芙蓉の切り株から出た芽は随分大きくなりました。酔芙蓉の花はきれいですが1日でしぼんでしまいます。

雨、水、天水

5月29日(水曜日)。きのうの大雨、大嵐は止んで、朝日が射し始めている。今、地震が起きなければ、万々歳の夜明けである。雨は、天水をもたらす。地上は、天水なくては困る田植えの季節である。水田(みずた)、水田(すいでん)、どう読んでもいい。土にたっぷりと水を含んで、稲を植えれば(稲作)、秋には米の収穫(収量)にありつける。古来、米は日本人の主食の食材をになっている。もとより私は、米作りを本源とする農家(農業)育ちである。それゆえに私は、田植えの季節にあっては今なお、大雨(天水)を嫌うことはない。水田は、常に心中に抱く美的風景である。この風景には家族それに親族、はたまた村人の田植え姿が付き纏っている。だから格別、懐かしくよみがえる絵になる心象風景である。現下、田植えの季節とあってこのところのテレビニュースには、それにちなむ映像が現れている。するときのうは、飛びっきりの映像が現れた。私は、当時のわが姿を観る思いで目を凝らした。映像は、学童(小学生)の田植え体験学習だった。水田には子どもたちの群れが、苗をもって足を入れていた。その様子は、だれもがはしゃいでいた。ひとりの男の子がマイクの前に、ニコニコ顔で立った。「最初はジュクジュクして気持ちが悪かったけれど、だんだん慣れて気持ちが良かった」。私はうれしくなった。体験学習は功を奏したのである。なぜなら、男の子は農家(農業)の一端を感じて、同時に水(天水)の大切さを知り得たであろう。田植えの時期にあって農民は、どれほど水(雨)に気を揉むかを知ってくれれば、これまたなお万々歳である。この文章の付け足しに電子辞書を開いた。【「水稲(すいとう)」:水田で栽培する稲。「陸稲(おかぼ)」:畑地に栽培する稲。生育中、水稲ほど多量の水を要しないが、水稲より収量が少なく品質も劣る】。日本列島くまなくきのうの雨はまさしく天水、農家にとっては恵みの雨だったはずである。朝日は輝きを増している。田植えの季節到来である。

参加している気分になります。

 ふうたろうさんの心遣いが癒やされます。前田さんのふるさとの情景ですね。二十年も前のものですが、竹馬の友の計らいは心が熱くなります。

休養

5月28日大嵐。今日は休みます。ふうちゃん。二人で書く「ひぐらしの記」は、ふるさとを偲んでこんなやりとりもいいね。もう、残りの時間無いからね。会って、話すこともなさそうだし。いっぺんも喧嘩しなかったね。

またまた、ありがとう。

写真中央の二棟は、現在のわが生家の母家と納屋です。前面には内田川が流れて、後景には内田村、一筋の県道が走っています。小さな集落は「田中井手(出)」です。わが生まれ家は現在の建物ではなく、内田川の河川工事のおりに壊され、現在は写真で見る建物です。今は無い心中の生家には、水車が回っていました。私はここで生まれ、83年を生きています。たぶん、内田川の水が合い、村人の優しい人情、加えて竹馬の友の友情がわが命を育んでくれたのでしょう。

また、マタ、一休みしましょう!

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 本日は朝から雨です。自転車散歩にも、行けないので、昔々CDに収めた写真を引っ張り出して見ていたら、相良山から撮った、田中井出付近の写真が出てきました。しぃちゃんも、一休みして、見てください。

はて? 私が訪れたところではないようです。

 背景の山々からすると、建物の形も保養所みたい。でも手前に遊具がチラホラ見えているので、公園みたい。でも画像の保存名から内田小学校とバレた。
 ふうたろうさんの散歩コースなのかしら。それとも懐かしくなって訪れたのかしら。よい写真をありがとうございます。

私の庭

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ベランダのパッションフルーツに花芽を見つけた。こんな陽気では無事育つかどうかわからないけれど、とにかく今年は楽しみである。