3月9日(木曜日)。春は、半ばへ向かっている。摘み残っていた庭中のフキノトウは、文字どおりすでに臺(とう)が立っている。起きて、寒気は緩んでいる。心は、穏やかである。心身、縮むことなくのんびりとキーを叩いている。夜明け前に文章を書く私にとっては、寒さが遠のいたわが世の春の到来である。ところがこれは上部(うわべ)だけにすぎず、心中はそうではない。なぜなら文章のネタなく、しどろもどろの状態にある。文章の才無き私には、文章を書くことには絶えず「苦痛」がともなっている。苦痛の対義語は「快楽」である。文章を書く上で、快楽はあるであろうか。苦痛だけで快楽が無ければ、生来、三日坊主の私ゆえに、継続はあり得ない。ところが、曲がりなりにも継続が叶えられている。その理由には二つある。一つは、生涯学習に「語彙」のおさらいや新たな学びを掲げているからである。すると「ひぐらしの記」は、大沢さまのご好意にさずかり、生涯学習の実践の場(機会)にあずかっている。ところがなさけないことに心中は、(止めたい、書けない)という苦痛の状態にある。この苦痛にわずかでも快楽を求めればそれは、文脈に適(かな)った語彙が浮かんだときである。滅多にないことだけれど、浮かんだときには確かに快感を覚えている。しかし、苦痛と快楽を天秤にかければ、苦痛はなはだ重く天秤棒はピョンと一方へ傾き、測定不可能となる。「苦痛と快楽」、言葉の学びだけの文章である。継続の足しにはなっている。しかし、快楽(感)は、まったく無し。日の出の早い、夜が明けている。 3月8日(水曜日)、桜前線北上中にあって、寒気が緩んでいる。春が来て、自然界が恵む飛びっきりの日暮らしにある。しかしながら一方、ゆめゆめ気を許せない、名残雪、寒の戻り、憎たらしい春に嵐の季節でもある。それゆえに、のんびりと桜前線を待つ気にもなれないところはある。季節変わりは、おのずから体調変化にも見舞われる。春、油断大敵と心すべきある。幸いなるかな! 私自身は免れているけれど、目下、多くの人が花粉症に悩まされる季節である。確かに、わが家周りの山からも日中、目に見えてスギ花粉が飛びちらついている。それでも花粉症にならないのは、私自身、杉山育ちゆえのせいかもしれない。案外、仲間にたいする施しみたいに、杉にたいする耐性ができているのかもしれない。生誕地は、里山および遠峯にわたり杉(杉山)だらけであった。すでにこの世にいないふるさとの長兄は、村中で唯一の製材所の加勢仕事で、杉苗植え付けに精を出していた。なぜか? 当時は、花粉症という言葉さえなかった。これらのことを鑑みて私は、今なお花粉症の真犯人がスギ花粉を散らかす杉(杉山)とは到底思えない。いやむしろ杉(杉山)は、冤罪を被っているのではという、疑念に取りつかれている。子どもの頃の私は、家事手伝いの中心として、しょっちゅう杉山に入っていた。一つは、薪取りとして枯れ落ちた枝木を集めて縄で縛り、肩にしょって持ち帰っていた。一つは、枯れた杉の葉を拾い籠に入れて持ち帰り、日々の風呂沸かしや竈(かまど)の焚きつけ用にしていた。生活資材にかかわらず、見晴るかす杉(杉山)、日常生活における無償の絶景を恵んでいた。これらのほか杉(杉山)は、メジロ落としや山鳥の罠掛などでも、子どもの私を愉しませてくれていた。言うなれば当時の杉(杉山)は、わが家の生計を助け、わが子どもの頃の家事手伝いと遊楽の一角を成していたのである。これらの切ない思い出があってか私は、花粉症におけるスギ花粉真犯人説には、今なお異議を抱いている。いや異議は、恩恵を享けた杉(杉山)にたいする、憐憫の情沸くわがありったけのエール(応援歌)である。花粉症に悩まされる人からは、鼻持ちならぬこととして、大きな罰を受けそうである。しかしながら書かずにはおれなかった、杉(杉山)にかかわる切ない思い出である。桜便りは、花粉症の季節でもある。マスクの着用は、コロナ感染防止だけとはかぎらない。身勝手すぎる、かたじけない文章を書いてしまった。起きて、ネタ不足のせいである。 3月7日(火曜日)。寒気の緩んだ夜明け前にある。きのうの「啓蟄」(3月6日・月曜日)は、益虫および害虫共に先を争って、地中から地上へ這い出してきそうな、暖かい春の陽ざしに恵まれた。昼間、陽気に誘われて私は、虫けらのごとく慌てふためいて、わが買い物の街・大船(鎌倉市)へ向かって、買い物行動を急いだ。暖かい陽射しは、わが身体にもたっぷりと降りそそいだ。それゆえに私は、地中の虫けらにも負けず、小躍りしたのである。夜間、本格的な春の訪れは、球春をもたらした。私は、目を凝らしてテレビ観戦に興じた。以下の引用文は、試合にまつわるメディア記事である。自分なら、こんな見出しをつけよう。「侍凱旋、傑物・怪物は、壊物(壊れ者)ではなかった」。【大谷衝撃の2発 侍戦士もあんぐり】「(3/6、月曜日 23:50 スポニチアネックス)。大谷翔平の「片ひざ弾」「バット折れ弾」に侍戦士もあんぐり 「野球辞めたい」「フライかなと思った」。◇WBC強化試合 日本代表8-1阪神(2023年3月6日 京セラD)。3月9日開幕の第5回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で世界一奪回を目指す野球日本代表「侍ジャパン」は6日、京セラDで行われた強化試合で阪神に快勝した。この日からメジャー組の実戦出場が可能となり、日本での試合が1974日ぶりとなった大谷翔平投手(28)は「3番・DH」で先発出場し、2打席連続3点本塁打を放つなど3打数2安打6打点だった。この記事に、わが追記は要らない。桜便りに先駆けて、錦を飾る「大谷桜」満開である。 「啓蟄」(3月6日・月曜日)。きょうを境にして、地中で冬ごもりの虫たちは地上に這い出し始めるという。二十四節気の一つを為して、いよいよ本格的な春の到来である。虫けらも生き物であるかぎり、寒い冬を嫌って暖かい春を待ち望んでいたのであろう。このことでは人間と虫たち、分け隔てせずに共に、春の訪れを喜ぶべきである。ところが身勝手な私は、必ずしも啓蟄(けいちつ)をすんなりと喜んでいない。その理由は、わが「ぼろ家」に起因している。すなわちそれは、ゴキブリ、ムカデ、ヤモリ、アリ、そしてときには、ハチの舞い込みに脅かされるからである。庭中にはしょっちゅう、トカゲがうろついている。蛇のお出ましには、恐怖に怯えて目を凝らしている。春が来て恐れのない恵みは、山野の桜と野花、そして飛びっきりの春野菜の美味である。啓蟄にあってもしおらしいのは唯一、地中のミミズくらいである。一方、ちっともしおらしくないのは、草取りに手古摺る雑草の萌え出しである。しかしながらやはり、頃は良し「春はあけぼの」であり、文字どおり「春眠暁を覚えず」の季節の到来にある。ところが私の場合、この恩恵に見捨てられている。もとより、残念至極である。暁どころか真夜中に目覚めて、そののち二度寝にありつけず、悶々とするままに枕元の電子辞書を開いていた。そして、二度寝を拒んだのは、「鬼だ!」と決めつけて、腹立たしさ紛れに「鬼にかかわる」言葉を読み漁った。ますます、二度寝は遠のいた。【鬼】「穏(おに)で、姿が見えない意という」。多くの説明書きのなかで、ここで記すのは、「想像上の怪物」だけでいいだろう。怪物は、化け物と同義語でいいのかもしれない。なぜなら、怪物にしろ化け物にしろ、人間の心に悪さをすることでは同一である。確かに、姿は見えないけれど人間の心中を脅かす想像上の「鬼」は、まさしく悪の権化(ごんげ)である。それゆえか「鬼」は、漢字の部首の一つ、「鬼、きにょう」を為している。部首の説明書きは、こうである。「鬼を意符として、霊魂や超自然的なもの、その働きなどに関する文字ができている」。いや、私にはずばり魔物、すなわち悪魔、悪鬼、魔力などが連綿と浮かんで来る。睡魔とは、眠気を催すのを魔物の力にたとえて言う語である。私の場合、眠気を催すことには、ありがたいところもある。しかし、すぐに悪夢に魘(うな)されて目覚め、こののちは二度寝にありつけない。魘されて二度寝を拒むのも、字の成り立ちのごとく鬼の仕業であれば、懲らしめる姿が見えないだけに、もはやお手上げである。ネタ不足は行き着くところまで行き着いて、こんな実のない文章で、お茶を濁している。心中常に、赤鬼、青鬼、いるかぎり春の訪れを愉しことはできない。地中の虫たちは喜んでいても、もどかしい啓蟄の朝である。 古閑さん、いよいよ奥様の季節がやってきましたね。かわいらしい椿の花々、ミモザの花も満開ですね。先日、私の住まいの近くにある大きなミモザの木の様子を妹と見に行きました。満開とまではいきませんでしたが、確かな春の訪れを感じさせてくれました。 渡部さんのさりげない優しさに私はいつも励まされている。「ひぐらしの記」を発行すると真っ先に渡部さんの購読のメールをいただく。以前には畑仕事のお便りもたびたび頂いて、その画像を「ひぐらしの記」のカバーに使用させていただいた。また釣りもご趣味で、その写真で「ひぐらしの記」のカバーを飾らせていただいたこともあった。心温まるお便りにどんなに励まされてきたことだろう。今回もまた、跡絶えた「ひぐらしの記」に心配くださり、前田さんへのお電話があったとのことで、嬉しいニュースだった。 3月5日(日曜日)、ホームストレッチを走り、いっそう日長が加速する頃にあっても、未だ真っ暗闇の夜明け前にある。かつて文章を学んでいた「日本随筆家協会」の故神尾久義編集長は、春三月になれば決まって、こんな言葉でわが怠惰心を励まされた。「前田さん。文章が書き易い、春になりました。頑張ってください」。私はこの言葉に励まされて、冬の心、すなわち寒気で委縮していた怠け心を遠ざけた。なさけない過去物語、いや、つらい思い出である。確かに私は、人様の励ましにすがる生来の怠け者である。その証しに私は、ようやく寒気が離れる2月の末あたり(27日)から、正真正銘の暖かい春三月の訪れのきのう(3月4日)まで、文章を休んだ。言い訳を添えれば単なるずる休みではなく、体調不良に見舞われて書く気分を殺がれていたのである。それでも心強い人は、書き続けたはずである。ところが私は、負けた弱虫である。しかし、「捨てる神あれば拾う神あり」。すなわち私は、挫けたわが心を励ましてくださる、現人神(あらひとがみ)の恵みに救われたのである。私の場合、不断から神様への信仰心はまったくない。だから神様に替えて、信仰心にも似て尊愛するのは、人様から賜る温情と恩情である。ひとことで言えばそれは、人様から賜る「情け」である。きのうの夕方、わが家の固定電話のベルが鳴った。受話器を手にしたのは、リハビリ中の妻だった。私は、日長ゆえに暮れ泥(なず)窓から射し込む薄い日の光の下、湯船の中にいた。きのうの私は、久しぶりに卓球クラブへ出向いていたのである。集音機を外したわが耳にくっつくようにして、妻は数々の言葉を大声で告げた。とぎれとぎれに聞こえる言葉の中で、こう言葉を整理した。「パパ。文章のことで、渡部さんから、電話があったよ。続いている文章がないからと言って、心配してくださってされていたのよ。とてみ、ありがいじゃないの、すぐに電話しなさいよ!」「そうだろうなー。このところ、文章書いていないもんな。わっかったよ。ありがたい人だねー。風呂から出たら、すぐに電話するよ」。私は湯船から出て、急いで着衣を済ますと、渡部さんへ折り返しの電話を掛けた。現在、私は82歳の幸運児である。わが生涯において幸運を齎(もたら)しているのは、親や兄姉の愛情である。ところがこれは、あたりまえの愛情であり、幸運の埒外にある。つまるところわが生涯における最良かつ最大の幸運は、友人・知人すなわち他人様との知己に恵まれたことである。「ひぐらしの記」にかかわることでは、大沢さまはじめ掲示板を通してさずかる声と、声なき恩愛である。わが生活を支えることでは、飛びっきりの優良会社に入社し、そのことで精神を支えてくれる飛びっきりの同期仲間に恵まれたことである。それらの中にあって渡部さん(埼玉県所沢市ご在住)は、飛びっきりの友人、いや恩人である。「ひぐらしの記」の単行本いたっては、創刊号以来直近の第85集まで、有償購入にあずかっている。それゆえこの文章は、渡部さんの激励に背いてはならないという、再始動文である。「前田さんの文章を読むのは、ぼくの朝の楽しみです」。神尾編集長は、金をはたいて一時期遭遇した恩人である。ところが渡部さんは、多額のお金を持ち出されて(自弁)までして、一週間とて間を置かず生涯にわたる恩人である。「渡部さん、がんばります」。春三月のわが誓いである。 画像4枚とも素晴らしい花々ですねーーーー◎◎◎◎苦痛と快楽
桜だよりは、花粉症の季節
凱旋将軍・大谷選手、ホームラン2本
啓蟄
古閑さんちの庭の花
心温まる友の電話
春三月のわが誓い
♪古閑さんへ『庭の花』の感想です♪
幼年期から椿は大好きな花ですが、卜半椿は初めて見ました!
“大感動”しております♪