掲示板

坂本弘司撮影

温室の現状

 高橋さんへ
望月窯の温室は、ずっと前からあったのですが、現在は屋根部分のビニールが外してあり、側面部分だけビニールが残っている無惨な姿です。風よけにはなりますので、今年は夏野菜を専門に育ててみることにしました。側面のビニールは今年貼り替えようと思っていますが、なかなか手が回りません。

庭のお手入れ

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 古閑さん、そうなんです。花びらが無惨に散り始めると、美しいだの綺麗だのと手入れをする人にとっては悠長なことを言っていられない気持ちになります。私の近所の家でも、毎年藤の花が見事に咲いているお宅があって、私は郵便を出しに行く時に通る道でもあり、楽しみにしていたのですが、今年になって全部取り払ってしまわれました。お手入れが大変になったのでしょうね。古閑さんの奥様は、無惨な花の姿はさらしたくない思いで、剪定なさったのでしょう。もちろん、来年の花の季節を心にとめておられることでしょう。
 今は、薔薇の花も綺麗に咲いていますね。私の家の薔薇も去年短くしたら、今年は見事に大輪の花を沢山咲かせています。時々、切って仏壇に供えています。
 画像は、うっかり見事に咲いているところを取り忘れて、残っている花の姿です。

旅気分の夜明け

憲法記念日(5月3日・金曜日)。憲法を定めた人間の知恵に感謝する。太陽の恵みに感謝する。まるで、草野球でグランドスラム(満塁ホームラン)を打ったような、胸の透く(会心)夜明けが訪れている。愚痴こぼしは言わない。無駄なことは書かない。なぜなら、いたずら書きを添えれば、会心の気分が壊れそうである。ゴールデンウイークにちなんで、一つだけ添えれば、これに尽きる。きのうの夕方、私は「鎌倉めぐり」のハイカーに備えて、舗面のゴミはいっさい取り払い、側溝の草はすべて抜き取り、丁寧に道路一面を綺麗にした。今や他郷とは言えず地元民をなす、わがおもてなしの心意気である。パソコンへ就く前にカーテンと窓ガラスを開けて眺めると、いまだ道路は、まるで鏡面のごとくに綺麗さをとどめていた。私は気分良く椅子に座り、パソコンを起ち上げた。そして、出合い頭にこの文章を書いている。ところが、もう閉じる。こののちは、前面の窓ガラスを通して、しばし朝日輝く青空を眺めて、ゴールデンウイークの真似事に酔いしれるつもりである。憲法にすがることなく、人間同士の諍(いさか)いのない世になれば、それで十分である。そしてさらに、太陽の恵み、自然界の恵み、そして万物の恵みが加われば、この世に生きる楽しみがある。ウグイスも地元民の仲間として、歓迎のしるしにもう鳴いている。旅気分全開の夜明けである。

♪古閑さんへ『モッコーバラ』の感想です♪

モッコーバラは、たいへん綺麗ですが、剪定は、思い切って実施しないとNGなのですねーー!!

モッコーバラ

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 先日(4月30)モッコーバラは、まだきれいに咲いていましたが花びらが散り始めたため妻は枝を写真のようにバッサリと切ってしまいました。

楽しみですね

 望月窯では随分いろいろな夏野菜を栽培されているんですね。収穫が楽しみですね。収穫後の食事はさぞかし美味しいことでしょう。

♪大沢先生へ『望月窯だより』の感想です♪

大沢先生、望月窯での農作業、たいへんお疲れさまでございました。
『望月窯温室』の存在は、ぼくにとっては初耳だったように思います。
ウグイスとキジの大歓迎、嬉しいですね♪♪
ニセアカシアの花と朴の花の香りの癒しはなんとも言えませんね◎◎
望月窯の今後が楽しみです♪♪♪♪♪♪♪

♪前田さんへ『様変わる世相の一端』新鮮です!!♪

前田さん、本日の『ひぐらしの記』は、”大船の街の様変わる世相の一端の描写”で、あそこは昔は何で、今はあれだ、という今昔物語が大好きなぼくにとって、たいへん新鮮な感じがしました!!
『前田さんによるルポルタージュ大船の街』を読んでみたくなりましたo(^-^)o
きょうも前田さんへ”大大大エール”を贈ります(^O^)/(^O^)/(^O^)/(^O^)/(^O^)/(^O^)/(^O^)/

再三再四の「嗚呼、無情」

5月2日(木曜日)。目覚めると両耳へ枕元に置く補聴器を嵌めて、パソコン部屋へ向かって行く。わが習わしの一日の始動である。ところが心境は前を向かず、後ろ向きでこんな状態にある。(もう、書けない。書きたくない)。小雨そぼ降る夜明けが訪れている。山の枝葉は濡れて、上下左右に揺れている。小嵐の夜明けと言っていいのかもしれない。きのうは願っていた晴れには恵まれず、ほぼ一日じゅうしとしと雨が降り続いた。そしてこれには、わが身に堪える寒気が付き添っていた。私は着衣を重ねて、寒気を撥ね退けた。けれど、抗しきれずに人工の暖をとった。ここまで書くと、あれ! ウグイスが鳴いている。ウグイスもまた、このところ愚図つく天気に我慢ができないのであろうか。そうであれば私と同類項であり、しばし聞き耳を立てて、いつものお返しに、私かからエールを送りたいところである。こんな文章しか書けないわが身は哀れである。こんな心境にあって、一つだけネタらしいものが浮かんでいる。しかしながらそれは、変わりゆく世相を映す切ないものである。わが買い物の街「大船」(鎌倉市)には、直近まで二か所に本屋があった。いずれも、かつての小さい「町の本屋」を超えて、大型の「街の本屋」と言えるものだった。一つは、大船駅に隣接する「ルミネ」の中にあった。今回、それが消えたのである。残る本屋は、大船駅からかなり離れた所にある「西友ストア」の6階に位置している。利便性においては、もとより前者がはるかに勝っている。それなのに、先に消えたのである。普段、後者は前者よりもっと、人影はまばらである。このことからすれば後者もやがて、前者の憂き目を見そうである。そうなれば、大船の街には本屋が無くなることとなる。かつて、本屋は4軒ほどあったような記憶がある。一つあった映画館はとうに消えて、跡地はドラッグストアが占めている。大船の街には「松竹大船撮影所」があった。ところが、これまたとうの昔になくなり、跡地には「鎌倉女子大学」と「イトーヨーカドー」が隣り合わせで建っている。挙句、現在の大船の街には、飲食店、コンビニ、ドラッグストア、カラオケ店など目立っている。パチンコ店は衰退し、残るは一軒になった。私がときおり出向いて、モーニングセットで時間潰しをしていた、喫茶店「ルノアール」は無くなった。きょうの文章は、様変わる世相の一端を記して、継続文の足しにするものである。こんな碌な文章しか書けない、切ないわが身の現状でもある。遠望する大空には、我慢しきれず隠れている朝日が薄く光を擡げている。

望月窯だより

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  いよいよ待ちに待った夏野菜のシーズン。四月二十九日から五月一日まで望月窯に滞在。初日のお昼頃に到着した。ウグイスの鳴き声が歓迎してくれた。キジの高い鳴き声も時々聞こえてくる。どうやら近くの竹藪の中に住んでいるようだ。過日にも三羽の雄のキジを見かけた。
 去年からずっと畑や庭の草取りに追われた。寒い冬が過ぎれば、すぐに草が芽を出す。畑には玉ねぎ、ニンニク、絹さやが育っている。温室にはナス、ピーマン、きゅうり、さといも、トマト、モロヘイヤを植えた。らっきょも長い葉を茂らせている。
 ノブキもすでに食べた。ニセアカシアの花があちこちの林に咲き、朴の木に白い大きな花が咲いて、農作業をしている鼻先に香りが届き、一日中癒やされた。どこを眺めても新緑が輝いて気持ちがよい。