能登半島の記憶

 ラジオから思いがけず曲が流れて私は息を呑んだ。「犀星の詩をうつす犀川……」と心が大きく揺れた。「ああ、あの犀川……そうだ、遠いあの日の犀川……」私の胸にもう二十年以上昔の記憶が熱く蘇る。五木寛之作詞、弦哲也作曲、前田俊明編曲「金沢望郷歌」を歌手の松原健之が歌っていた。私は歌手も歌もはじめて耳にしたのだけれど、何とも言えず懐かしく、耳を澄ませてその歌に聴き惚れていた。そして再び聞きたいとネットで調べ、ユーチュブで繰り返し聞いた。
 文学の師である田端信先生が亡くなって(一九九八年九月四日逝去)、大きな喪失感に打ちひしがれていた月日だった。そんなある日、文学仲間の三人とともに師の故郷である能登への供養の旅を思い立った。私は四人の追悼の言葉を書き記すため手作りの灯籠を作った。庭先にあった長四角の石に毎年師から頂いていた年賀状の中から最も印象深かった詩をペンキで記した。この二つを旅行鞄に入れて、師の故郷へ向かった。そして文学仲間三人と共に犀川のほとりで灯籠を流し、石を置いて亡き師を偲んだ。あれから二十数年の歳月が流れているのに、犀川のほとりで手を合わせた日のことがまるで昨日のことのように蘇ってくる。
 先週妹と二人古河の実家を訪ねた折に、宇都宮線の古河駅で買い物をするため下車して、駅の周辺を歩いていてレコード店が目に入り、私の脳裏に「金沢望郷歌」が蘇ってきた。題名も歌手の名前も曖昧なままに店内に入り、女店主をさんざん手こずらせてようやくCDにたどり着き、大笑いしながら購入した。
 そういえば、能登半島は夫の運転する車に乗って訪れたことがあった。遠い遠い昔の事であったが、棚田の広がる美しい景色が今も思い出されてくる。
 それにしても、今年の元旦に起こった能登半島地震は、私の脳裏に眠っていた遠い記憶を呼び覚まし、災害に遭われた人々の苦難と重なって、胸がかきむしられるような切ない思いに苛まれた。