生き続けることが供養と思いました。

 知人、友人、肉親とのこの世の別れは、身を切られる思いに襲われる。そして、もうこの苦しみ、哀しみから立ち直れないのではないか、と生きた心地がしない日がずっと続いていく。それでも生きねばならないのは、彼岸に旅立った人への供養は、生きている人の定めだからである。いつ何時にも思い出し、懐かしむ。これが何よりの生きている証なのである。だから、無理せず、自然体でそれらの人たちの記憶を機会あるごとに思い出し、自分への慰めとする。時がたてば、生々しい哀しみは消え、穏やかな慰めに浸ることができる。思う存分に哀しみ、嘆き、涙が枯れるまで流し続ける。やがて身も心も軽くなる日が来ると信じて。