嗚呼、嘆息

十月十三日(木曜日)、いまだ暗闇の夜明け前にある。パソコンを起ち上げたけれど、気分が乗らず長く机上に頬杖をついている。気分喪失の原因は体調不良に加えて、パソコン操作の未熟さが起因している。世の中はパソコンにかぎらず、すべてに日進月歩、デジタル社会を強めるばかりである。それゆえにこれらに不得手の私の場合は、日常生活が鬱陶しさまみれにある。一方、あらゆるデジタル機器を駆使できる人には、確かにきわめて便利かつ有効な社会であろう。だから、無能の私からしたらそれらは、どんなに崇めても崇めきれない、羨望著しい人たちである。私にとってデジタル社会は、恨めしさつのるばかりである。もちろんそれは、私だけのデジタル事情である。日常生活にあってもう一つ鬱陶しさおぼえているものには、ポイント(固定客引き込みのオマケ)社会がある。これまた、無能ゆえのわが固有事情の鬱陶しさである。テレビ通販の誇大広告も耳障り激しく、鬱陶しいかぎりである。結局、無能の私にとって文明の利器社会は、きわめて生きにくい社会である。しかしながら、わが固有事情であるゆえに、これらに泣き言は言っても、もとより逆らうことはできない。なぜなら、確かにデジタル社会は、総じて便利な世の中を生み出し、この先へ向かっていっそう加速度を強めて、進化するばかりである。挙句、これに取り残されているわが身の無能を嘆くより仕方ない。再び書けばデジタル社会は、私にかぎればきわめて生きにくい世の中である。ネタのないパソコン生活は苦痛である。頬杖をついているうちに、薄っすらと夜が明けてきた。風雨まじりの夜明けである。