きのうはみずからに謹慎を課して、文章と言えるものは書かずに、休養日に甘んじた。きょう(3月13日、木曜日)、現在のデジタル時刻は、3:05と刻まれている。トイレに起きて寝床に向かわず、パソコンを起ち上げて、のんびりと椅子に座っている。この先、文章を書き終えれば、いまだに治りきらない風邪症状を案じて、再び寝床へ潜ることとなる。寒気に震えずこんなことができるのは、二重の僥倖に授かっているからである。すなわち、気温という熱は、上がっている。一方、体温という熱は、平熱近くまでに下がっているように感じている。部屋の中に寒暖計、また身近なところに、体温計の備値はない。だから、どちらも測りようはなく、わが当てずっぽうの体感温度にすぎない。しかしながら、確度は高いと自認している。
人間の生存において、「熱エネルギー(原爆など)」は、恐ろしいものの筆頭に位置している。反面、ありがたさもその位置にある。これまたわが当てずっぽうゆえに、間違いの誹(そし)りは、甘んじて受ける覚悟にある。気温および体温共に、熱が限度(限界)を超えて高くなれば死に至り、逆にそれを超えて下がればこれまた死に至る。限度(限界)はさておいて、最も大事な目安は、気温では平常値、体温(身体)では平熱、そして物事ではそれに見合う適温である。気温は寒暖計、体温は体温計、そしてあらゆる物事には、さまざまな測定計がある。
子どもの頃の記憶に遡ればフクミ義姉は、蚕室(ざんしつ)の温度管理に、一方長兄はシイタケ乾燥の温度管理に、夫婦共に寝ずの番をしていた。テレビ映像に観るハウス栽培の温度管理も、極めて気を揉む困難事のようである。人類の知恵はあらゆる熱源を開発して、様々な熱エネルギーを産み出している。もとより、異なる熱だけれど、人間の生存にあっては、「情熱」という気概もまた肝要である。
こんな迷い文を書くようでは、「穴があったら入りたい」、急いで布団の中に潜らなければならない。なさけない! 体温の熱は、まだ平熱には戻っていないようである。
人間の生存において、「熱エネルギー(原爆など)」は、恐ろしいものの筆頭に位置している。反面、ありがたさもその位置にある。これまたわが当てずっぽうゆえに、間違いの誹(そし)りは、甘んじて受ける覚悟にある。気温および体温共に、熱が限度(限界)を超えて高くなれば死に至り、逆にそれを超えて下がればこれまた死に至る。限度(限界)はさておいて、最も大事な目安は、気温では平常値、体温(身体)では平熱、そして物事ではそれに見合う適温である。気温は寒暖計、体温は体温計、そしてあらゆる物事には、さまざまな測定計がある。
子どもの頃の記憶に遡ればフクミ義姉は、蚕室(ざんしつ)の温度管理に、一方長兄はシイタケ乾燥の温度管理に、夫婦共に寝ずの番をしていた。テレビ映像に観るハウス栽培の温度管理も、極めて気を揉む困難事のようである。人類の知恵はあらゆる熱源を開発して、様々な熱エネルギーを産み出している。もとより、異なる熱だけれど、人間の生存にあっては、「情熱」という気概もまた肝要である。
こんな迷い文を書くようでは、「穴があったら入りたい」、急いで布団の中に潜らなければならない。なさけない! 体温の熱は、まだ平熱には戻っていないようである。