大寒

 きのうはおとといへ流れ、きょうはきのうへ流れ、あすはきょうへ流れてくる。人生の晩年を生きる者にとっては、止めようのない(あっ)という間である。この流れの中にあって、感情の動物が住む人間社会には、日々、人間のしでかす様々な出来事が起きる。確かに、世の中を明るく潤す出来事も少しはある。しかしながらそれらの多くは、世の中を暗くする事故や事件がらみばかりである。お釈迦様が説く人間社会は穢土(えど)、四苦八苦まみれだという。これに反しあの世は、極楽浄土だという。(だから、あの世を恐れることはない、いらっしゃい!)と、身勝手な説法を垂れて金銭をせしめている。説法が真実であればこの世(現世)は、あの世(来世)に大負けである。しかし、幸いにも嘘っぱちである。
 寒気の底のきょう、「大寒」(1月20日(月曜日)の起き出しにあって私は、いろんな想い(迷想)を浮かべていた。大寒にあって、雨の予報がともなっていた。ゆえに私は、パソコンへ就く前に、傍らの窓ガラスを開いて外気、雨模様を確かめた。ところが、一基の外灯が淡く灯す道路上には、まだ雨の印しはなかった。しかし、予報が確かであれば、時を刻んだこの先のでどこかで、雨が降り出すであろう。大寒なのに雨の予報のせいなのか、寒気は緩んでいる。
 きょうのわが夫婦にはそろって、当住宅地内に一院ある、掛かりつけの「S医院」への通院予定がある。ところがこの実行は、寒気は凌げても雨の中では危ぶまれている。なぜなら、歩行不自由の妻の足は、寒気には耐えても雨を嫌うからである。
 きょうだったかな? 世界は、アメリカ・トランプ大統領の就任式にあって、祝意と共に恐々としている。一方、快事として伝えられているのは、イスラエルとハマスの一時(6週間)、停戦合意である。しかし、韓国は大荒れ、ウクライナとロシアにあっては、いまだ戦争の止む兆しはない。日本社会も政局、フジテレビ問題、そしていまだに兵庫県知事がらみなどで、喧騒を極めている。近づいた「大阪万博」が、スムースにスタートすることを祈るばかりである。きょうは起き立てに心中に浮かべていたことをあえて記した。実の無い文章は、ここで閉じることとする。
 薄っすらと夜が明けて、あれれ!……、小雨が降り出している。おのずからきょうの通院予定はあすへ延びて、茶の間暮らしになりそうである。