河童と白猫

 遥か昔のお話。
 冷たい風が吹き始めた。深い森の奥から流れてくる流れの早い川伝いに、一匹の河童が歩いていた。背中には大きく硬い甲羅。全身を覆う緑の鱗。頭の上の皿は、日光を遮る木々の影により、少し黒く薄汚れて見えた。
 周囲の森は鬱蒼としていて、少し離れた場所さえ見通せない。人の気配もない。
 河童はただただ歩き続けている。
 その表情は、時折、泣き出しそうに歪んでいる。
 足取りは重い。次第に歩くスピードは遅くなり、遂にその場に立ち止まってしまった。
 だんだんと辺りが暗くなり始めた。
 夜が近づいてくる。
 空気も冷えてきた。
 しばらくその場にへたり込んでいた河童は、やがて意を決したように立ち上がると、暖をとるための薪を集め始めた。
 方々回っていくらか集めてくる。
 そして、火を起こそうと、火打ち石を取り出す。
 カチッ。
 カチッ。
 火花が辺りを照らす。
 その光が河童の目に映し出したもの。
 それは、動物の骨であった。
 河童には暗くてよく見えなかったが、河童が集めてきたのは、薪ではなく動物の骨だった。
 河童の体が震え出した。
 目に涙を浮かべたまま、夜を過ごす。
 いつ明けるとも知れない、長い長い夜だった。

 白猫は、暗くじめじめした森の中を流れる川伝いに、一匹でただただ歩いていた。
 白く美しかったであろう毛並みは薄汚れ、ところどころ毛は抜け落ち、皮膚が露わになっていた。
 時折吹いてくる冷たい風に、白猫の体は小刻みに震えていた。
 周囲に動くものの気配はない。
 やがて。
 その足取りはだんだんと重くなり、遂には立ち止まってしまった。
 食べるものも見つからない。
 周囲には動物の骨が転がっているばかりだった。

 夜が更けていく。
 白猫は安心して眠ることもできず、じっとその場で固まっていた。
 今夜も長い夜だった。
 白猫は夜が明けるのを、ただひたすらに待ち続けた。
 やがて、空が白み始めた。
 その時。
 近くの物陰から音がした。
 何かいる。
「ニャー」
 白猫は鳴いた。
 何かが動く気配があった。
「ニャー」
 もう一度、鳴いた。
 白猫は、動く気配に、震えながらも、徐々に近づいていった。
 すると。
 そこには一匹の河童の姿があった。
 河童は笑みを浮かべ、こちらに向かって身のたっぷり詰まった数枚の貝を放り投げてくれた。
 何も食べていなかった白猫は、夢中で腹にかき込む。
 その瞬間。
 白猫の心に温かいものが広がっていった。

 日が昇り、お互いに見つめ合う。
 先ほどまで吹いていた冷たい風は、いつの間にか止んで。
 少し暖かい風が二匹の間を通り抜けていった。