その泉は鬱蒼としたジャングルの中にあった。真夏の日差しに灼かれ、長い距離を彷徨って来た兵隊たち。長期間、入浴もできず、全身が黒く汚れて疲労困憊の彼らには、そこがまるでこの世の楽園のように映った。
「隊長! 我々はもう体力が持ちません。ここで休養を取らせていただけないでありましょうか?」
部下のオオハシがいう。元は筋肉質で立派な体躯の持ち主であったろうオオハシであったが、今は見る影もなく痩せ細っている。ふらふらになりながら、何とか気力だけでここまで歩いて来たといったふうだ。
「仕方がない。我々の犠牲は既に数十人にも及ぶ。ここで休養を取り、英気を養うのも悪くなかろう」
隊長のイシノがいった。人一倍、大きな体格に恵まれたイシノ。今はオオハシ同様、全身の筋肉が失われていたが、黒く汚れた顔面から放つ鋭い眼光だけが、彼の生きるエネルギーを感じさせた。
「休めるらしいぞ!」
興奮した十名程の部下たちが、真っ黒に汚れきった服を脱ぐと、勢いよく泉に飛び込んだ。
「ああーッ!」
そして、至福の表情を浮かべている。
「隊長も早く来てくださーい!」
気が緩んだのか、部下の一人が思わず軽口をイシノに投げかける。
「やれやれ」
苦笑いを浮かべながら、イシノとオオハシが見つめ合った。
と。
部下の一人が泉の底に潜り込む。
しばらくして、水面から顔を出した部下は、一際大きく声を張り上げていった。
「みんな! 泉の底に穴が空いているぞ! どこかへ通じているようだ!」
「何だとッ!」
「私がもう一度見てくる!」
そういうと、再び水底へ向かっていった。
三十分が経過した。
部下は浮かんで来ない。
「どうしたんだ?」
「危険でもあるのか?」
他の部下たちが口々に騒ぎ立てる。そして、彼らも泉の底へ潜っていった。
再び三十分が経過した。
部下たちは姿を現さなかった。
イシノとオオハシに動揺が走る。
「何か危険があるようだな」
「どうしましょうか?我々も確認に行きましょうか?」
しばらくの間、無言だったイシノだが、やがて口を開いた。
「行かねばならんな。このまま部下たちを放っておくわけにもいくまい」
「行きましょう!」
二人して泉の底へ向かった。
生温い泉の水。体にまとわりついてくるような快感がある。
イシノとオオハシは、このままゆっくりとこの感覚を味わっていたい気分に陥った。だが、二人はその気分を振り払って泉の底へ向かった。
……進む。
……進む。
やがて。
泉の底に辿り着いた。
そこには大きな穴が空いていた。
「部下たちはここに吸い込まれたのでしょうか?」
「行くぞ!」
イシノとオオハシは、穴の中に飛び込んだ。穴の中は水が引いているようだ。
そして、そこには。
部下たちの死体が散乱していた。
「何なのだ、ここは」
穴の奥に目を凝らすと、球体をした何かが見えた。
「あそこまで行ってみるぞ」
二人して進む。
そして。
球体の目前まで辿り着いた。
「これは?」
イシノが球体に手を触れると、そのまま内側へ吸い込まれていった。
「隊長ッ!」
オオハシが必死に叫ぶも、声はイシノには届かない。そうしているうちに、オオハシの体力が尽きてきた。
「隊長……」
オオハシは力尽きた。
一方、球体の中へ吸い込まれたイシノは、球体と一つになっていく感覚を味わっていた。
「何て……気持ちいい」
しかし、イシノの意識は徐々に薄らいでいく。球体との同化が起こっているからだ。
「オオハシ……みんな……」
薄れゆく意識の中で、イシノは部下たちのことを思い出していた。
しかし、その記憶を最後に、イシノの意識は途切れた。
やがて、泉から水が引いていき、
そして。
受精卵が誕生した。