ひぐらしの記

ひぐらしの記

前田静良 作

リニューアルしました。


2014.10.27カウンター設置

内田川(熊本県・筆者の故郷)富田文昭さん撮影

 

「書初め」は、躓きと大恥

 新しい年(令和7年・2025年)の正月・元日・元旦には、「御来光」を拝めるほどに、すこぶるつきの好天気が訪れた。ところが私は、御来光を拝むためにあえて、わが家近くの山(天園ハイキングコース)へは向かわず、茶の間のソファに背もたれて、ひねもすポカポカ陽気を満喫していた。しかしながら内心は、必ずしも穏やかではなかった。なぜなら、昨年のこの日このときの地震、そして9月の豪雨と相次いだ能登半島地域の災害を浮かべて、心を痛めていたからである。半面、正月気分に酔うことなく、私にもまだ慈愛の心が残っていたことにはうれしかった。
 きょうは正月三が日の二日目、古来の日本社会のしきたり(行事)によれば、「書初めの日」である。もとより書初めは、真新しい和紙に向かい、身なりをととのえて精神一到、墨したたる毛筆で厳かに書くものである。ところが、私には書初め気分だけが先走り、本来の書初めを真似てスマホ片手に、寝床の中で文章を書き始めたのである。すると、怠け心と指先不器用が相まって、何度もへまを繰り返し、挙句、文章は途中で消え去った。これに懲りて私は、寝床から抜け出しキーを叩き始めている。なぜ、こんな状態になったかと、一つだけ口実(弁明)を言えば、執筆時間にせっつかれて、目覚めるままに寝床で書き始めたからである。ゆえに現在、内心では(きょうは書かなければよかった)と、悔い心まみれにある。すなわち、きょうの私には「箱根駅伝・往路」のテレビ観戦の予定がある。すると私は、スタート時間の午前8時から、1時間ほどま前の7時あたりから、階下のテレビの前に居座ることとなる。おのずから、執筆時間と重なることとなる。だから私は、それを避けたかったのである。もとより「書初め」は、こんな浮ついた気分で書くものではない。私は真似事をしくじったのである。年初より私は大恥をかいて、そしてそれを晒して悔い心まみれにある。わが今年の門出は、「躓きと大恥」である。母校・中央大学の快走で、鬱のな気分が晴れれば万々歳である。

祝❗ 迎春

 新年明けましておめでとうございます。私事では、昨年は高橋弘樹様のエールを賜り締ました。一年を通しては、大沢さまはじめご常連の皆様の好意と支援、かつまた激励により、文章を繋ぐことができました。すべての皆様に対し、御礼と感謝申し上げます。新年の元旦にさいし、皆様のご多幸をお祈りいたします。まことに勝手ながら、新年のご挨拶(状)にかえます。

とうとう、「大晦日(おおみそか)

 今さら(84歳)になっても、バカな私である。目覚めて寝床の中で、こんな幼稚・簡易な日常語の意味調べを試みていた。大袈裟好きのわが本性(ほんしょう)の証しと言えそうである。いや、わが掲げる生涯学習とは、寝床を教室や机代わりにして、ざっとこの程度でのものある。スマホ片手に、朔日(さくじつ)と晦日(かいじつ)、一字読みでは「朔」(ついたち)、「晦」(みそか、つごもり)、そして大晦日と元日、なお元日と元旦の違いなど、丹念に復習した。とうとう、ことし(令和6年・2024年)の大晦日(12月31日・火曜日)が訪れている。
 冬至過ぎてもきのうまでは感じなかったけれど、きょうは夜明けの早さをちょっぴり感じている。地上の夜明けは風雨まったくなく、見渡す大空はのどかな日本晴れである。それでもやはり気になるのは、空の果ていや見えようのないはるか彼方の地方の雪の降りようである。わが現住する鎌倉地方は、何度か気象予報士の予報で脅(おど)かされたけれど、そのたびに予報は外れて、大晦日まで雪降りなしで、この一年を閉じそうである。わがこの一年を5段階の年間通知表で評価すれば、いくらかオマケして上から2番目の「よい」でいいだろう。
 一方、わが家に置き換えれば、これまたオマケしても「ややおとる」と、評価せざるを得ないところである。わがことで言えば身体状況に関して、無病息災とまではいかなかったけれど、いちおう健康体で大晦日を迎えている。「もっともよい」から外れたマイナス点は、文字どおり精神状態のマイナス思考に由る。わが家の場合の減点要素は、妻の身体の衰えぶりに起因する。これを見遣れば、わが精神状態もつれて滅入るところにある。ところが妻は、幸運にも自分のことには気づかず、「パパは、痴呆症よ!」と、言ってのける。すると私は、「はいはい、そうだね」と言って、「おまえは元気だから、いいな。おれは助かるよ」と、いくらか嘘っぱちの元気づけを言い放っている。人生終末を生きる極意は、夫婦共に「我慢と労わり」である。この先を書けば、いつものように無駄にだらだらと長くなる。だからきょうは、意図してここで書き止めである。
 9日間にもおよぶ年末年始の休暇にありついてなのか、ご常連の人たちもその有卦(うけ)に入られているのか? 掲示板のカウント数は減り気味でもある。私はどこかへ旅立ちはできないけれど、指止めはできる。ゆえに指を止めて、この先は大晦日に当たりのんびりと、この一年を顧みるつもりにある。道路の掃除はきのう、綺麗に済ましている。

年の瀬、表題のつけようなく「無題」

 12月30日(月曜日)。起きて洗面を済まし、パソコンを起ち上げて、キーボードへ向かっている。壁時計の針はわが決めている定時を過ぎて、6時近くを回っている。身体を脅かす寒気は、冬季であれば平常であろう。しかし、寒気に極端に弱いわが身体は、ブルブル震えている。夜明け前にあっても、「冬至」過ぎたのちの夜明けの早さはいまだ見えず、窓ガラスを通して見るが外気は真っ暗闇である。このところの私は、わが家の年の瀬、とりわけ買い出し模様を書き殴り特有に、長い文章で四日ほど綴った。ところが、拙い文章は大沢さまのコメントを賜り、綾を成して色づいた。書き疲れていたわが身には、感謝感激にひたるうれしいプレゼントだった。
 さて、年の瀬は窮まりあすは、ことし(令和6年・2024年)を締める、「大晦日」(12月31日)である。ことし一年、ときにはずる休みに勝てず途絶えたけれど、おおむね文章は継続が叶ってきた。文章の不出来など省みず、このことには自分自身を寿(ことほ)いでいる。自惚(うぬぼ)れと、言い換えていいかもしれない。こんな心境を恥や外聞をも厭(いと)わず晒しているのは、文章はこの先(来年)へ繋がりそうにないように思えているからである。この一年のわが心の襞(ひだ)には、「84年(歳)」が絶えずこびりついて、わが生き様を脅かし続けていた。すると来年は、これにさらに輪をかけて必定(ひつじょう)、「85(歳)」に脅かされることとなる。まさしく、文章書きにとどまらず、わが生き様における「恐怖」の訪れにある。
 もとより「人の命」は、一寸先は闇の中にある。だからわが命とて、85歳(令和7年・2025年、7月15日)へ、辿り着く保証はまったくない。運よくわが命あっても、文章書きを妨(さまた)げるわが家の事情は数多ある。ところが、これらに打ち勝ち文章書き続ける気力は、私にはまったくない。書くまでもないことを書いているけれど、わがマイナス思考のこの一年の納め文として、書かずにはおれないものである。ゆえに、平に詫びるところである。
 韓国では旅客機墜落の事故が起きている。日本にあっては大雪情報や予報が溢れている。人様の多くは9連休にことよせて、いや、いくぶん浮かれて、国内外への旅立ち模様が喧(かまび)しく伝えられている。物見遊山への旅立ちのない私は、ちょっぴり羨むところである。けれど、なにかにつけて「好事魔多し」の世の中である。すると、わが家に居ながらにこんな文章を書いて、新年迎えそうな私は、案外幸福者なのかもしれない。
 ようやく明けた夜明けの空に、雪降りや兆しはない。年の瀬、表題のつけようなく「無題」である。

きょうで年の瀬、四重奏の文章

 12月29日(日曜日)。ほぼ定時の起き出しにあり、気温は低く寒気をおぼえて、わが体内温度を脅かしている。ことし(令和6年・2024年)の大晦日は明後日(あさって)に迫り、この1年のいや、人生84年の総括を試みたい心境にある。すると、近・現代の世相にあっては稀に見る、わが甲斐性無しのことが浮かんでくる。挙句には内心、みずからを蔑(さげす)み、なさけなく悔い心まみれになる。とうとう私は、わが家には駐車場を作らず、自家用車を持たず、わが生涯を閉じることとなる。バイクは購入し、いくらかは乘ったけれど、それでも事故を恐れて、免許証は早々に返納した。わが精神には生来、集中心が欠けるところがある。加えて、機械や機器の操作には、手先不器用のところがある。卑近なところでは、パソコンやスマホの操作には日々往生(おうじょう)するばかりである。
 私は買い物行動のバスを降りて、わが家へ向かう道路では、いつもこんなことを浮かべている。それはわが買い物風景にあっては、隣近所の物笑いになっているだろうという思いである。確かに自分自身、スマホを翳(かざ)し自撮りして、見たくなるような滑稽きわまりない姿である。かつては国防色、今は買い替えて背負う空色の買い物用の大きなリュクは、常にダルマのように膨らんでいる。これだけでは収まらず左手および右手には、道路を擦(こす)りそうになるのを慌てて引き上げる、重たい買い物袋をぶら提げている。内心ではこうも、思っている。共に、歯を損傷し食べどきに不自由をかこつ老夫婦なのに、なぜいつもこんなに、たくさんの買い物あるのだろうと。
 現下、買い物現場(それぞれの店)には、物価高が渦巻いている。それでも人は、生きるためには食べなければならない。そして人みな、どうせなら選んで、美味しいものを食べたくなる。これこそ、食べ物探しにまつわる金科玉条とも言える、古来不変の人間固有の心情と言えそうである。もちろんこれを果たすには、のほほんは許されず、金銭の有無という箍(たが)が嵌められる。それゆえに人は、好きな食べ物探しには不断、目の色を変えなお神経を尖らすのである。
 きのうの私は予告どおりに単独で、いつもの大船(鎌倉市)の街へ、買い物に出かけた。この日の買い物には普段と比べて、品物選びに迷うことはなかった。妻との約束を叶えるために私は、真っ先に「鈴木水産」へ出向いた。着くやいなや私は、前日妻と共に目をつけていたカニ(束)をすぐに所定の籠に入れた。ところが、きのう買い渋った罪滅ぼしなのか、咄嗟に妻への手土産が浮かんだ。箱に10匹ほど並んでいた刺身用の大きな生エビをも籠に入れて、レジに並んだ。鈴木水産はここで用無しである。
 次にはきのう「もう、持てないよ」と言って、きょうへ延ばしていた「西友ストア大船店」へ急いだ。ここで、二日にわたる年の瀬の買い物行動は完結した。買い物帰りの姿は普段の姿になって、私はヨロヨロトボトボと歩いて、ようやくわが家に着いた。ウグイスやカラスの「おまえ、バカだなあ……みっともないよ」の鳴き声は免れた。しかし、隣近所の人の盗み目の物笑いは、あったかもしれない。大船の街は年の瀬特有の買い物風景を晒して、人出の多さでごった返していた。私はその渦中で、生きるためには美味しいものを選んで食べなければならない人間、いや命あるものの業(ごう)の浅ましさを浮かべていた。命を持たない自然界は、外連味(けれんみ)なく、朝日を輝かしている。

年の瀬の約束事

 12月28日(土曜日)。「冬至」(21日)が過ぎて、一週間ほど経った夜明け前にある。当たり前だけれどきのうまでは、まだ夜明けの早さは感じないままである。その証しに今は、夜の長さを引き継いで、外気は真っ暗闇である。人工のカレンダーだけは先を急いでめぐり、年の瀬はきょうを含めて4日残しにある。除夜に打つ最寄り、鎌倉・円覚寺の鐘の汚れはすでに清められて、時(大晦日の夜)を待つばかりである。私はこの一年(令和6年・2024年)これまで、心象には「喜怒哀楽」の風景をたずさえて生きてきた。そして、命が大晦日まで絶えずにまっとうできればこの一年を、いやわが人生84年、かつまた数多の日を残し、生きながらえることになる。「めでたし、めでたし」と、両手を叩くほどではないけれど、やはりちっとは喜ぶべきであろう。
 さて、喜怒哀楽の心象風景は自分自身の行い、なお煎じ詰めれば文章書きに凝縮している。文章を書き終えれば喜び、ずる休みを続けていると、自分自身を怒った。ネタ無しやネタ切れに遭遇すれば、哀しさで気分は萎(しお)れた。一方楽しさは、掲示板上の出会い、すなわち継続から生じていた。まさしく、文章書きがもたらしたわが心象にこびりつく、この一年の「喜怒哀楽」だった。
 翻って日本社会のこの一年は、物価高に苦しむ国民の嘆き模様だった。換言すれば「金欲しさ」の国民の嘆きだった。多くの詐欺や強盗事件、そしてこれらの窮まりには「闇バイト」が世間を騒がし続けた。すると、これらの証しにはまるで金欲しさを逆なででもするかのように、ことしの漢字一字には「金」が選ばれた。
 閑話休題。ことしのわが日暮らしにあっては、自分自身にかかわることでは主に二つのこと、すなわち通院(月ごとの薬剤貰い)と、日常の買い出しがあった。一方、わが家の主(あるじ)としての役割には、家庭内における妻への支えがあった。これに加えて、妻の外出時(通院、薬剤もらい、その他はほとんどない)のおりの率先同行があった。ところがきのうだけは、妻の率先行動に私が従った。
 きのうの妻の行動は、「パパだけには、任しておれないわ……」と言う、正月支度の買い物だった。妻の言動に素直に従い私は、わが不断の買い物の街・大船(鎌倉市)へ出かけた。わが決めている買い物コースには、順次4店舗がある。終点一つ手前の「行政センターバス停」で降りると、私はいつもとことこと歩いてこの順路を回る。きのうの二人の行動もその予定だった。
 先ずは野菜と果物の安売り量販店「大船市場」。次には、食材としては一方を為す海産物の安売り量販店「鈴木水産」。三つめはこの店の向かいある、馴染みの「肉と惣菜店」へ入る。そして四ツ目、最後の総合仕上げには「西友ストア大船店」へ向かう。ところが、きのうの妻との買い回りにあっては三つ目で持ち切れなくなり、仕方なく西友ストアはきょうへ持ち越になった。妻の買い物目当ての品物は、おおかたきのうで叶えられて、おのずからきょうはわが単独行動になる。
 しかしながらこれには、ただ一つ妻との約束事が付き纏っている。それは、鈴木水産におけるいくらか「お金の」出し惜しみから生じている、買い渋りのせいである。このときの二人の会話を再現すればこうである。
「パパ。カニも買いましょうよ。わたし、カニ食べたいわ。一年に一度だから、買って二人だけで、お正月前に食べましょうよ」
「食べたいなら、買えばいいよ。俺も好きだから、買えばいいよ。だけど俺は、俺の好きな高い数の子を買ったばかりだから、カニはどうでもいいよ。だけど、カニも買えばいいよ」
「パパも、カニ好き好きと言ってるじゃないの。買いましょうよ!」
「うん、買うよ。だけど、あんなに嵩張るの、もうきょうは持てないよ。あした、俺が買い行くよ」
「うれしいわ。もう持てないから、西友ストアへ行くのは止めて、帰りましょう」
 正月二日には、娘たちが来る予定にある。カニに関する妻の覚悟は、誉めてやりたいほどにたいしたものである。とりわけ、「二人だけで食べましょう」の決意は、見事「あっぱれ」である。
 夜明けの空は日本晴れの下、明るく輝いている。きょうの私には、妻との約束事を果たす、単独の買い物行動がある。

年の瀬の憂鬱

 12月27日(金曜日)。ほぼ定時に起きている。ぐっすり眠れている。寒気は寝汗を書くほどに緩んでいる。冬季にあって文章を書くには、またない好条件(好都合)である。ところがわが心は、自分自身ままならない状態にある。すなわち、モチベーション(意気)が極度に低落している。きのうは、『年の瀬のつぶやき』と題して長い文章を書いた。そしてきょうは、表題だけが先走り「年の瀬の憂鬱」と題している。しかし内実は、文章の体(てい)をなさない。気分が阻喪し、書けないのである。机上カレンダーのこの日(きょうの行事)には、「官庁御用納め」とある。私の場合は真似て、納めるつもりはないけれど、文章が書けないのである。

年の瀬のつぶやき

 12月26日(木曜日)。日本社会は一つの年末行事「クリスマス」を過ぎて、次には年の瀬・究極の「大晦日」(12月31日)へ向かっている。そして明ければ迎春、新たな年「令和7年」(2025年)の始まりにある。なんだか希望の持てるような世のめぐりである。ところが、人生の後がないわが身にあっては然(さ)にあらず、時のめぐりに合わせてモチベーション(意気)は沈むばかりである。
 起き立ての私は常々、ふと浮かぶ随想にすがりながら、かつまたなけなしの脳髄にみずから鞭打ち、文章を書いている。こんなことではもとより、気の利いた文章など、書けるはずもない。実際には生来のマイナス思考がたっぷりと顕れて、泣き言まじりの文章を書き続けている。ゆえにわが気分は、おのずから滅入るところにある。
 わが人生はすでに84年が過ぎて、年が変われば半年余(7月)には85歳となる。一寸先は闇とはいえ、なんで85年も生き延びるのであろうか?……と、嘆息をおぼえる日は稀ではない。精神は病んで文章書きには手古摺り、日々気を揉むばかりである。しかしながら反面、身体は他人様(ひとさま)並みを超えて、いたって健康だと、自覚(自負)するところにある。こう思うのは日々、伝えられてくる友人・知人、はたまた親類縁者の体調不良を鑑みてのことである。
 灯台下暗し、三つ年下の妻の身体の衰えを見るかぎり、とりわけこの思いはつのり、耐え忍ぶばかりである。いややはり、自分のこととて別枠「健康の範疇」には置けない。このところの私は、年寄りの冷や水そして後の祭りさながらに、途絶えていた「語彙」の生涯学習の再始動を試みている。ところが、散々な憂き目に遭遇している。すなわちそれは、脳髄の劣化と退化現象に遭って、そのつど嘆き慌てふためいている。挙句、わが自負する健康体は、なんだ「張子の虎」だなと自嘲し、溜息を吐くところにある。
 人間の生存、いやわが生き様は、基は「衣食住」に支えられている。ところが、終末人生にあってはこれらに、医療費が箆棒(べらぼう)に加わっている。もとより、妻と私の身体(生存コスト)は一心同体にある。互いの身体に付随する診療費と薬剤は、家計を脅かすばかりである。妻の場合は細身の身体(約38キロ)に、6種の薬剤を流し込む有様である。おそらく体内では互いに通せんぼをしあいあい、おのずからどれかの効果は減殺(げんさい)をこうむっているであろう。
 健康体と嘯(うそぶ)く私でも、二つの薬剤の服用を強いられ、目には緑内障の進化を防ぐ点眼液を落としている。これらのほか、続行こそ免れてはいるけれど、耳には高価(45万円ほど)な補聴器を嵌めている。歯は年明け早々(7日)より、これまでほったらかしにしておいた、前歯の欠損の所に差し歯処置が始まる。さらには、なんだかメガネも替えどきにある。
 きょうの寝起きの文章には、生き続けることの「損得」を書いてしまった。わが迷える心象(心証)を癒してくれているのは、夜明けの大空に青く広がる日本晴れのさわやかさである。欲張って、あと一年ぐらいは生きてみたい気もする、年の瀬のつぶやきである。

クリスマスと「すき焼き鍋」

 クリスマス(12月25日・水曜日)。世の中の人たちの多くは、きのうのイブ(前夜または前日)と共に、祝福あるいは「食欲旺盛」気分に浮かれて、楽しくこの日を迎えているようである。実際にはきのうの昼間、「ケンターキー・フライド・チキン」の店舗を前にして、まるで長蛇のごとくくねくねと曲がる列を目にして、わが夫婦はしばしこんな思いに浸っていた。わが夫婦はこの列には加わることなく、この店から数メートル離れた、「牛丼」を看板メニューとする「すき家」へ入った。いつもは値段の安いことにことよせて、そのうえさらに最も安価な「ミニ牛丼」メニューを選んで、勝手知った注文ボタンを押す習わしにある。二人してキョロキョロと、壁に貼られていたまるで世界地図みたいにだだっ広く、数えきれなくあるメニュー一覧表(絵柄)を眺めながら、最上位に位置する最も高価なメニューを長く見詰めていた。実際のところは止せばいいのに、注文メニューに思案投げ首状態にあったのである。挙句、この日にかぎり阿吽(あうん)の呼吸は、こう言い放った。
「パパ。『すき焼き鍋』を食べてみましょうか?……」
「そうだね。食べてみよう!」
 こののちは、一人で忙しく動き回る係の見目麗しい若いパート女性を手招いて、妻はあれこれとメニューの詮索をした。私は支払者特有に心中で、(美味しさはともかく、費用対効果)を浮かべていた。二人して、「すき焼き鍋」に決めた。けれど、注文ボタン押し方が分からず、係の女性に押してしもらう始末だった。
 次々に入ってくる客は、注文ボタンの操作に手慣れて、だれもがスムースに注文にありついていた。私は手間暇をかけたことで、丁寧な言葉で係の女性に詫び、同時に注文動作を依頼した。注文が済むと安堵して、店内模様や客の姿を眺めていた。
 時を置かず湯気が立ちのぼる二つの「すき焼き鍋」が運ばれてきた。相対で見る双方の皺だらけの顔に、艶々の笑顔が溢れた。食べ終わると二人は、美味しさに満足した。実際のところ私は、病身の妻が満足さえすれば美味しさはどうでもよかった。けれど、費用対効果は、効果のほうが勝り、十分に元が取れたのである。
 私は妻より先に立って、千円札二枚を自動の支払い機に入れて、1750円を支払った。釣りの250円は、コロコロと硬貨入れに落ちた。実際にはここでも、係の女性の手を煩わしたのである。やおら病身を擡(もた)げる妻の手を取り、二人とも満腹の面持ちで外に出た。寒風が吹き晒す「ケンタッキー・フライド・チキン」の前には、いっそう長く人が並んでいた。
 きのうのわが行動は、妻の引率行動だった。先ずは当住宅地内最寄りのS医院への通院、次には「パパ。わたし、大船で買い物したいのがあるの………」と言う妻に逆らえず、二人は最寄りの「北鎌倉バス停」から、巡ってきた「大船行きバス」へ乗り込んだのである。寝起きの私は、こんなことを書くつもりは毛頭なく、久しぶりにネタを従えていた。ところが、書き出すとこんな文章になり、慌てふためいてここで結ぶものである。
 のどかに、日本晴れの夜明けが訪れている。雪の降る「ホワイト・クリスマス」など望んでいないからこれでいい。フライドの七面鳥は食べなかったけれど、美味しい「牛すき焼き鍋」にありついて、まずまずのクリスマスを迎えている。

垣間見た「お利口さん」の光景

 12月24日(火曜日)。強い寒気が起き立てのわが身に沁みている。私は寒気に音を上げそうである。バカなことを言っちゃいけないよ。このところのテレビニュースは、日本海側の降雪量の多さや雪の嵩(かさ)の高さを報じている。きのうのニュースには、屋根の上の雪下ろしで、亡くなられた人のことがあった。きわめてつらいニュースだった。それでも人は生まれた所に住み、職業や仕事の都合で離れても、だれにもそこは愛(いと)しい生誕地であり、ふるさとである。だから、他人行儀に今はやりの移住の進めや、見せかけの同情は禁物である。
 これに加えて私は、こんなことを浮かべて起き出している。遠いわが子どもの頃、すなわち児童(小学生)や生徒(中学生)時代の教育現場にあっては、盛んに情操教育という言葉が囃し立てられていた。しかしながら私は、その真意を知らないままに、とうとう人生は終末にある。情操教育を見出し語にして、電子辞書を開いた。
 【情操教育】:「創造的・批判的な心情、積極的・自主的な態度、豊な感受性と自己表現の能力を育てることを目的とする教育。知性・道徳性・美的感覚・共感性などの調和的な発展を狙いとする」
 書くだけで骨が折れて、説明文もまた珍紛漢紛(ちんぷんかんぷん)であり、もとよりわが身には無縁である。現下の学校教育の目標(スローガン)は知る由(よし)ないけれど、老若男女(ろうらくなんにょ)並べて、デジタル社会だということは知ることができる。
 きのうの私は、いつもの大船(鎌倉市)の街へ、買い物に出かけた。わが買い物は往復共に、20分ほどバスへの乗車が強いられる。私は、二人座席の空いている奥の所に腰を下ろしていた。そして、スマホを片手にして、この日書いた「ひぐらしの記」を読んでいた。文章の校閲を主眼とする、半ば楽しいひとときである。途中から親子連れが乗り込んで来られて、娘はわが隣に座り、両親は娘を囲むようにして立たれた。両親は立ったまますぐに、それぞれがスマホを手にされて、何かを見始められた。座席の多くの人たちもスマホを見ている。立っている人たちもチラホラ、スマホ見ている。もはや、異常な光景ではなく、普段、目にする日常光景である。
 ところが、わが隣の席にあっては異変を目にした。まだ、三、四歳の頃と思える娘もまたすぐに、自分のスマホを片手に動画を見始めたのである。私は驚いて盗み見をした。動画の映像は、人形仕立ての動物の絵柄のようだった。娘の年齢に見合った、とても楽しそうな絵柄の動画である。私は微笑ましく、チラチラと見入った。娘のスマホさばきは、私よりはるかに上手だった。私は、「上手だね」と言って、褒めてやりたかった。しかし、盗み見を両親に咎(とが)められるような気がして、それは止めた。バスが終点の大船へ近づくと娘は、ぴたりと動画を止めて、降りる支度をした。娘の乗車から下車までの一部始終のしぐさは、まさしく「お利口さん」と言えるものだった。同時に私は、わが世(世代)が消えるのを感知し、娘に続いて席を立った。私は世の中の様変わりを感じ、デジタル社会と情操教育の繋がりを浮かべていた。
 わが柄でもないことを書いて、年の瀬・冬空の夜が明けている。