ひぐらしの記

ひぐらしの記

前田静良 作

リニューアルしました。


2014.10.27カウンター設置

内田川(熊本県・筆者の故郷)富田文昭さん撮影

 

故郷「内田川」にまつわる思い出

 梅雨明けまでには、梅雨の合間の気分をたずさえて書くことになる。ゆえに、雨に濡れた気分、濡れた文章になりがちである。確かに、思い出に浸れるのは、人間固有の特権である。思い出には、好悪(是非)がある。懐かしさを添えた楽しいものがある。しかし一方では、それを超える悲しいものがある。いや思い出は、好悪の数で比較できるものではない。結局、思い出は数の多寡ではなく、心に残る刻みの深浅であろう。そして、思い出に残る出来事や媒体も様々である。こんなことを心中に浮かべながら書いている。
 すると、わが思い出の中心をなすのは、「故郷、内田川にまつわる思い出」である。つらくよみがえるのは、主に梅雨明け間近に見舞われた、豪雨による川の氾濫時の恐ろしかったことである。内田川の氾濫だからと言ってもちろん、村人(子どもの頃の行政名は内田村)のすべてが恐怖に慄いていたわけではない。実際のところは、内田川の水量を当てにして、分水を引いて水車を回していたわが家だけだったかもしれない。当時のわが家は、狭い河川敷を挟んで裏に流れている内田川にすがり、水車を回して生業(なりわい)を立て、大家族を成していたのである。こちらは今なお、夢まぼろしにはなり得ない、かぎりなく内田川がもたらしていた恩恵である。
 ところが、一旦暴れ川になると家族は、水嵩(みずかさ)が低くなるまで、恐怖に晒されていたのである。豪雨のおりに時々刻々に水嵩を増して、わが家の軒下へ近づく激流、そしてその轟音の恐怖は、月並みの「生きた心地がしない」という、心象をはるかに超えていたのである。もちろん私には、このときの恐ろしさをここで、臨場感をともなって書き著す能力はない。
 一方で内田川が恵んだ好い思い出は多くあり、これまた数えきれるものではない。もとより、内田川は水車の水を恵み、また明滅するホタルの光をもたらしてくれた。これらのほかにあって内田川の恵みには、水温む春先の川魚釣りと、夏の間の楽しい川遊びがあった。内田川には、こんな魚がいた。当時の私には遊び心だけがあって、学習心はまったく無かった。だから、日本全国に共通する川魚の名前など、今なお知る由もない。ゆえに、内田川に棲んでいた魚を当時の呼び名で連ねればこんなものが浮かんでくる。以下は記憶のままに、まさしく順不同である。ウナギ、ナマズ、ドンカチ、カマドジョ、アブラメ、シビンチャ、ハエ、ハヤ、アカソ、シーツキ、ゴーリキ、ドジョウ、ゲギュ、カマヅカ、コイ、フナ、メダカ、イダ、ヤマメなどである。漏れがあればふうちゃんに添えてもらうけれど、彼もこれ以外には知らないかもしれない。なぜなら、ふうちゃんの家は、内田川から遠く離れていて、かつ当時のふうちゃんは、耳の不調で医者から川遊びを禁じられていたと言う。
 いつもは時間の切迫にあって、書き殴りの文章に甘んじている。ところがきょうは少し時間に余裕があり、こんなことを書いてしまった。共に、書き殴りに変わりない。座して詫びるところである。夜明けの空から、梅雨の雨が音なく落ちている。ウグイスはひと休み、アジサイだけが威張っている。

梅雨入り劈頭の朝ぼらけ

 6月22日(土曜日)。梅雨入り劈頭(へきとう)にあって、のどかに晴れた夜明けが訪れている。わが精神は静かに落ち着いて穏やかである。長く気分を迷わし続けていた、気象庁の梅雨入り宣言が決着したためである。もちろん、気分の落ち着きは万全ではない。それは歳月の流れの速さに抗しきれず、唖然としているせいである。
 きのうの自然界(気象)は、奇妙と言うか絶妙と言おうか、ミラクル(奇跡)を演じた。すなわち、きのうの気象は「夏至」と梅雨入り(地域限定、関東地方ほか)を同日に合わせたのである。こんなことが気象庁の過去記録にあるかどうかは知る由ない。しかし、私には奇跡に思えていたのである。夏至が過ぎてきょうから日長は日々縮んで、変わって「冬至」(12月21日)へ向かって夜長が延びて行く。一方梅雨は、人の口の端や気象予報士の予報にあって、こんどは梅雨明けの時期が取りざたされてくる。人間界の営みは、良くも悪くも自然界現象に翻弄され、あるいは多大な恩恵を得ながら、過去から現在そして未来永劫へ、世代や世相を変えて連なるのである。ゆえに、わが限られた生存期間は、まさしく芥子粒ほどもない。だったら日々、クヨクヨするのは大損である。わかっちゃいるけれど、それを止められないのは、わが生来の「身から出た錆」なのであろう。
 確かに私は、大バカ者である。今朝の晴れは、梅雨明けまでは「梅雨の合間の晴れ」、すなわち限定晴れに呼び名を変える。ときには、「束の間の晴れ」とも呼ばれる。限られた梅雨の合間の朝ぼらけを喜んで、山のウグイスの鳴き声は、ひと際朗らかな高音(たかね)である。アジサイの彩りもまた、ウグイスの鳴き声に負けまいと妖艶さを増している。アジサイは、きのうの雨の名残露にあずかっている。

「夏至」

 私の重なるミスで、掲示板は汚れていた。ゆえに、心が沈んでいた。掲示板は、大沢さまが綺麗にしてくださった。わが心、晴れ晴れの夜明けである。だったら気分良く、麗しい文章を書きたいところである。しかし一方、私にはそうはいかない歯がゆさがある。それは歳月の流れの速さに気分が殺がれ、なお脅かされているせいである。一言で言えば、人生の終末を生きる高齢の身の、同義語を重ねて「悲哀」である。
 きょうは「夏至」(6月21日・金曜日)、こんなことに悲哀を感じるようではもはや、私には愉しめる日常はない。知りすぎている言葉だけれど、電子辞書を開いて復習を試みている。【夏至】「二十四節気の一つ。太陽の黄経が90度に達する時で、北半球の昼が最も長く、夜が最も短い。太陽暦では6月21日頃。季語夏。対語冬至」
 こちらはスマホを開いて、知りすぎていない言葉の学習である。
【summer soistice(夏至)】「至点(soistice)とは1年に2回、天球上において太陽の赤道面からの距離が最大となる瞬間、またその時の太陽の位置をさす語である」
 この十日ほど私は、中学・高校の英単語の再学習に戯れている。面目ないけれど、その証しを試みたのである。ネタのない一時しのぎにこんなことに縋れば、またどこかにミスが出ているかもしれない。
 夜明けの空は、確かな梅雨空である。気象庁は、梅雨入り宣言をミスっているかもしれない。同類と、喜ぶべきであろうか。いや、わが身の浅ましさである。

朝駆けの掃除ののちの文章

 6月20日(木曜日)。晴れてのどかに夜明けが訪れている。あすは「夏至」(6月21日)、昼間の長いブービーである。今朝は文章を書くのは諦めて、5時前あたりから道路の掃除を開始した。おとといの雨上がりの道路は、きのうの日照りで、ようやく掃除に耐えた。そうであれば朝早く道路の掃除へ向かうのは、朝の散歩組に人たちにたいするわがしがない気配りである。懸命に1時間20分ほどかけて、いつもより広く長く隅々まで、かつ丁寧に掃除を終えた。普段の散歩組に出遭ったのは、にこやかに挨拶を交わす夫婦連れだけだった。わが朝早い道路の意図は功を奏したのである。加えて、普段は見知らぬ初見のご高齢の男性に出遭った。年恰好は私ぐらいだったけれど、羨むほどに長身かつハンサムな万年青年の人だった。私は挨拶をかけた。同時に、思いがけない言葉が返った。
「アジサイ、綺麗ですね。みんなが綺麗と言っていますよ」
「そうですか。ありがとうございます。うれしいです。救われます」
 私は弾む気持ちで言葉を返した。
 掃除を終えると、駆け足で二階へ上がり、パソコンを起ち上げ、椅子に座っている。ところが、諦めていた心に息遣い激しく、額の汗を拭きながら書き出している。さらに心は大揺れて、この先の文章は書けない。普段の私は、継続を断たないことだけを念じて、無理して文章を書いている。無理して書く文章はわが意を叶えず、さらにはへま(ミス)に慄くばかりである。挙句、(もう書きたくない、もう書けない)という、気持ちが増幅する。このことは、現在の偽りのないわが心境である。その心境を逃れるために、この文章は20分ほどで、ここで書き止めとする。
 こんな短い文章であっても、ミスをしでかしているかもしれない。「くわばら、くわばら……、三十六計逃げるに如かず」である。書き殴りをかたじけなく思う、日長ブービーの夜明けである。

ただいま謹慎中

 6月19日(水曜日)。きのうは一日中、強雨ならぬ嵐に見舞われていた。なのに、雨は止んで、満天青く朝日輝く夜明けが訪れている。しかし、梅雨の合間の晴れ(好天)とは書けない。実際にはいまだ、気象庁の梅雨入り宣言前の好天(天恵)である。きのうの雨は、たっぷりと各地の水がめ(ダム)に水量を溜めたはずだ。そうであればこの先、梅雨入り・梅雨明け共に宣言なく、本格的な夏になっても、一向に構わない。いや、欲深い私は、それを望んでいる。わが欲のツッパリの証しである。しかし自然界は、人間界と比べればはるかに律儀者である。なかんずく気象は、その筆頭にある。ゆめゆめ、梅雨入りをほったらかしにすることはないはずだ。梅雨入りが遅れて、気を揉むのは気象庁だけである。
 夜明けの空は、ひときわ明るく光っている。アジサイは雨に濡れて、露を帯びたままに彩り(艶)をいや増している。ウグイスは囀(さえず)り超えて、高音で鳴き続けている。ところが、私はしょんぼりしている。しょんぼりは、このところのミスの多い文章の名残のせいである。ゆえに私は、業(ごう)を煮やし、みずからに謹慎を強いている。この文章は、謹慎の禁を破った雑文である。雑文、かたじけなく思うところである。

梅雨入り宣言間近の夜明け

 6月18日(火曜日)。二度寝にありつけずまだ暗闇の中で、眠気眼と朦朧頭に見舞われて起き出している。パソコンを起ち上げる前に窓辺に近づいて、二重のカーテンと窓ガラスを開いた。道路は一基の外灯に濡れて光っていた。それでも飽き足らず私は、右腕を空中に水平に伸ばして、手の平を広げた。数個、雨粒が当たった。確かな、雨降りである。(きょうあたり、気象庁の梅雨入り宣言になるのかな?……)。
 気象庁はきのう、「九州北部地方」の梅雨入りを宣言した。曖昧な記憶に頼らずとも、わが耳が確りと捉えた事実である。ところが、気象庁の言う九州北部地方(県)とは、実際にはどこをさすのか? わが曖昧な常識はさ迷っていた。わがふるさと県・熊本は、子どもの頃から「中九州」と言われてきた。ゆえに、気象庁に限る(気象庁の定義)九州北部地方(県)を知りたくて、ネット学習を試みた。すると、明確にこう記されていた。すなわちそれには、本州の山口県を加えて、熊本県、大分県、佐賀県、福岡県、長崎県とあった。おのずから北部地方から外れた県は南部地方となり、それらは沖縄県、鹿児島県、宮崎県となる。しかし、沖縄県はしばしば、梅雨入りや梅雨明け、さらには台風などでは、単独に報じられるところがある。私は手間と面倒を惜しんで、気象庁の言う九州南部地方の学習はしまずじまいだった。今となっては、悔やまれるところである。
 ところが、このことは確認できた。九州南部地方では、すでに6月8日頃に梅雨入り宣言がされていたのである。
 ここまで時が経って、薄い夜明けの空は、大降りの雨模様である。気象庁の関東地方の梅雨入り宣言は、きょうかあすかもしれない。そんなことより、私はスヤスヤと二度寝にありつけることを願っている。

作者の恥

 6月17日(月曜日)。今朝も明るく晴れている。
関東地方にあってはいまだに、気象庁の梅雨入り宣言はない。ちょっぴりは降っても長続きしないから、宣言のしようがないのであろう。職業柄、気象庁に勤務の人たちは、かなり気を揉んでいるかもしれない。だからと言って私は、これらの人たちに同情する、天邪鬼(あまのじゃく)ではない。なぜなら、梅雨入りの遅れは、わが望むところだからである。「すでに、田植えは済みました」という、ふるさと情報は先日、軌を一にして平洋子様と、わが生家を守る甥っ子の奥方より、届いている。田植えが無事に済めばふるさともまた、梅雨入りの遅れは構わない。記憶にないけれど、熊本すなわち九州地方の梅雨入り宣言は、もう出ているのであろうか。
 夜明けは「来るな!」と、雄叫びしても必ずやって来る。「ひぐらしの記」もこれにあやかり、(休みなく続いたらいいなあ……)と、思う。もとより叶わず、私はべそをかいている。きのうは、休んでしまった。きょうもまた、心折れて休むつもりだった。
 気象には、心象の緩みや歪(ひず)みはないのであろうか。わが心象は常に曲がりくねって、大揺れ状態にある。ところが私には、これに抗(あらが)う能力(脳力)や気力はない。心折れて心象が揺れては、心象風景に縋って書く「ひぐらしの記」は、たちまちイチコロで頓挫の憂き目を見ることとなる。言い訳がましいことを書いたけれど、きのうの休みは、ほぼそれに近い状態のせいだったのである。
 おととい「ひぐらしの記」は、17歳の誕生日を迎えた。人間の17歳は、「成人の日」いまだ遠く、青春時代真っ盛りにある。心身はこの先の希望に向かって燃え盛っている。おのずから何かつけて、休むことなど埒外にある。しかし、「ひぐらしの記」、いや作者の私の場合は、そうはいかない。内心、(もう書きたくない)気分に晒されて、あっさり休んだのである。正直なところ私は、夜明けが訪れ、そして寝起きのままに駄文を連ねることに疲れ切っている。このせいで心象が揺らぐと、すぐにずる休みに逃げたくなる。きのうの休みは、確かなその証しだった。
 「捨てる神あれば拾う神ある」。そんなおりきのう、熊本市に住む「マーちゃん」(ふうちゃんと相並ぶ竹馬の友)から、こんな電話が届いたのである。「ひぐらしの記は17歳なったな、よう書くな……偉いよ。ばってん、きょうは書いてなかったな、何で?」。私は「疲れて、もう書くのは、止めようかと思っている」と、言葉を返した。しかし、やはり励まされて、パソコンを起ち上げたのである。17歳の「ひぐらしの記」は、作者のせいで大恥をかいている。

「ひぐらしの記」誕生日

 6月15日(土曜日)。薄雲を抱いて青く晴れた夜明けが訪れている。体調不調に見舞われている。認知知能も衰えている。きのうは、休んだ。きょうは、私自身がきょうあたりと勝手に決めている、「ひぐらしの記」の誕生日である。だけど、何歳になるのか? 記憶をたどるのも億劫である。唯一の記憶の支えは、書き始めてまもなく、孫の誕生日(7月4日)がきた。現在、孫は高校二年生、来月には17歳の誕生日を迎えるはずである。するとたぶん、「ひぐらしの記」も17歳であろう。「ひぐらしの記」は年を取って、もはや青春時代も終わりかけている。書き疲れて、草臥れるはずだ。おのずから、わが怠惰な心に鞭打つ気力は萎えている。この先、生存できる歳月は短い。だったらまだ、頑張ろうとは思う。しかし、お先は真っ暗である。「ひぐらしの記」、たしか「17歳」の誕生日にあって、歳月の呪(のろ)いに見舞われている。きょうは独り、誕生日祝いを真似て、アルコール無しの駄菓子の餓鬼食いになりそうである。休むつもりの文章は書けばこんなもの! なさけない。

無実の罪で牢屋入り

 6月13日(木曜日)。田園に立っている案山子(かかし)は、人間に見える。道端に佇む私は、案山子に見える。わが脳髄は、空っぽのほうがましである。だけど、屑がいっぱい詰まっている。もう、こんなことしか、書けなくなってしまった。夜明けは、必ずやって来る。つれて、目覚めれば、文章を書かなければならない。ゆえに、無実の罪で、牢屋に入っている心境である。
 夜明けの空は、遅れている気象庁の梅雨入り宣言を誘うかのような曇天である。それでも、わが心中の空より晴れ模様である。私は恥を晒して、書くまでもないことを書き始めている。確かに、気鬱症状にはある。しかし、気違いの自覚はない。嘆きながらこんな文章を書いているのは、書き続けることを自らに負荷しているせいである。だったらもう、束縛という箍(たが)を外すべきである。表現を変えれば、「潮時」を敢行すべきである。
 気違いじみた文章はここで結び、階段を駆け下り、道路の掃除へ向かう。そして、老いた案山子に見間違えられないように、私はせっせと箒を揺らすつもりでいる。山のウグイスだけは鳴いて、同情のいや、哀れみのエールを送ってくれるはずである。加えて、「おはようございます」という、人間の声に出遭えば万々歳である。

ウグイスと私

 6月12日(水曜日)。寝坊した夜明けにあって、朝日がキラキラと輝いている。慌てふためいている起き立てにあって、まったくネタが浮かばない。こんなときは、休めば恥をかくことはない。ところが、パソコンを起ち上げてしまった。気乗りのしない、後の祭りである。だから無理矢理、ネタとは言えない気違いじみたことを浮かべている。それは、きのう感じたことである。
 わが耳にはほぼ一日中、山のウグイスの鳴き声が聞こえていた。このとき、バカな私は心中にこんなことを浮かべた。私はウグイスの生態、特に身近なことでは日常(生活)を知ることはできない。間断なく大きな声で鳴き続けているのは、一匹であろうか。それとも集団で、時を分け合って、鳴いているのであろうか。鳴き声とて、「ホウ、ホケキョ、ケキョ……」の単調、すなわち一辺倒ではなく、様々に工夫を凝らしている。ゆえに、一匹で鳴ける技能とは思えない。すると、人間界のオーケストラ(楽団)のごとくに、やはり集団でパート(役割)を決めて、鳴き続けているのであろうか。素直と言おうか、バカと言おうか、私はこんなことを心中に浮かべていた。もちろん私は、ウグイスの快い調べに感謝しきりだった。
 ネタのない夜明けは、常に億劫である。朝日の輝きぐあいからすれば、気象庁の梅雨入り宣言は、月末あたりまでに日延べになりそうである。私はともかく、ウグイスは喜び勇んで、鳴き続けてくれるだろう。おのずから私は、無償で鳴き声に癒される。山からわが庭中へ飛んで来れば、私にはお礼返しに何らかの食べ物(餌)を用意する心づもりはある。しかしウグイスは、老醜きわまる私に怖気(おじけ)ついて、飛んでこない。お礼のしようはない。やはり、ウグイスは「バカ」なのか。
 子どもの頃の私は、近所の遊び仲間たちと大声をそろえて、ウグイスにたいし「バカ」と、叫んでいた。メジロを囮(おとり)にして籠をかけて、鳥もちを塗った枝を翳しても、ウグイスはたったの一度さえ掛からなかった。ウグイスへの「バカ」の呼称は、その腹いせだったのである。きょうも朝っぱらウグイスは、音調を変えて鳴き続けている。